2011年07月19日

集団心理とは?群集心理とは?主体性や協調性などとの関係って何だろう?

協調性を身につけさせる方法」
主体性を身につけさせる方法」

「協調性を養うのに必要なこととは?」
「主体性を養うのに必要なこととは?」

「どうすれば、協調性を育てられるのか?」
「どうすれば、主体性を育てられるのか?」

などなどの検索キーワードで訪問してくださる方が、やったらめったら多いんですが・・・
(ご訪問、ありがとうございまーす)

一方では・・・

「どうしたらいいかわからない」
「何をしたらいいかわからない」

などなどの検索キーワードで訪問してくださる方も、やったらめったら多いんですが・・・
(ご訪問、ありがとうございまーす)

うーん・・・

「三方よしの経営相談」や、「自律型人材育成」「組織力の強化や向上」のお手伝いを行なっていることもあり・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるせいか・・・

「協調性」やら「主体性」やら「無能」やら、「どうしたらいいかわからない」やら「何をしたらいいかわからない」に関する検索がハンパなく多いのが、めちゃくちゃ気になったもので・・・
同じようなキーワードで検索して、何ヶ月にも渡って何度も何度も訪問してくださる方もいらっしゃるもので・・・
(;´・ω・`)

コレって、何でだろ〜???
もしかしたら、「集団心理」とか「群集心理」とかの類と何か関係あるんだろーか???

なーんて感じたのと・・・

それに、コレってもしかしたら・・・

「選択肢の広げ方や作り方とは?思い込みや方法論に走る前にできる事って?」シリーズ
「強い組織の作り方とは?強い組織か弱い組織かの判断基準って何だろう?」シリーズ
「無駄な会議と意味のある会議の違いとは?集団心理などとの関係って?」シリーズ
内向きな組織とは?内向き志向とは?内向きな組織になる原因って何だろう?
「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
部下が質問しない、質問したくない、質問できない原因って何だろう?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
「根本的な原因とは?真因とは?今見えている問題って本当の問題?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするのかも〜???

なーんて、感じたので・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

例えば、こんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ 集団心理とは?
ウィキペディア
集団心理とは、社会心理学の用語で、その社会の構成員である集団が、合理的に是非を判断しないまま、特定の時流に流される事を指す。
時流に乗るよう働きかけても抗う者は排除されるが、冷静になって考えれば、反省する場合が多い。

集団心理の起源は、敵が出現した時の団結本能だとされる。
一般に、個が確立されていない社会や、精神的に未成熟な子どもにはこの傾向が強い。

山本七平は、著書「空気の研究」の中で、集団心理を育む土壌はその場の「空気」だと述べる。
「空気」は「水を差せ」ば抜けるが、水を差した者はその場にふさわしくない者として追い出される。

アメリカ合衆国で行われた図形の配置など単純明白な事実の記憶に対する質問を行う心理学実験において、被験者はわざと嘘の答えを言うサクラの多数派に同調してしまう傾向が見られた。
たとえ自分の社会的立場を守ろうとする思惑がない状況であっても、自らの記憶自体が多数派に同調して書き換わってしまい、多数派の主張する嘘の事実を本気で信じてしまう現象が起こる。

ましてこれが主観的問題であったり利害が働いたり心理学における合理化(本来好ましくなかったが成立してしまった現実を肯定するべく自らの価値・思考体系を変更する事を無意識のうちに行う事)が起こった場合には集団心理は容易に発生し社会的影響となる。


■ 集団思考とは?
ウィキペディア
集団思考とは集団で合議を行う場合に、不合理あるいは危険な意思決定が容認されること。
集団浅慮と訳されることもある。

【欠陥のある決定の兆候】
(1)代替案を充分に精査しない
(2)目標を充分に精査しない
(3)採用しようとしている選択肢の危険性を検討しない
(4)いったん否定された代替案は再検討しない
(5)情報をよく探さない
(6)手元にある情報の取捨選択に偏向がある
(7)非常事態に対応する計画を策定できない


■ 集団主義とは?
はてなキーワード
個人よりも集団に価値を置く考え方、あるいは自分の利害よりも自分の属する集団の利益を優先する価値観


ウィキペディア
個人よりも集団に価値を置く思想、あるいは個人でよりも集団で行動することが多いさまを表した言葉。

集団主義的な文化の国としてブラジル・インド・ロシア・日本を挙げ、個人主義的な文化の国としてフランス・アメリカ合衆国・イギリス・ドイツを挙げる。

どの文化にも個人主義的な個人と集団主義的な個人がおり、どの個人も個人主義的な要素と集団主義的な要素を持ち合わせており、ある個人が個人主義的であるか集団主義的であるか、ある文化が個人主義的な文化であるか集団主義的な文化であるかは、そのバランス、割合によって決まる。

生活の個々の場面・局面において、どちらの要素を選択するのかが社会的行動の決定要因となる。

集団主義的な認知要素は“私が属する集団は私がこうすることを望んでいるという考え”で、個人主義的な認知要素は、たとえば、「私は親切であるという考え」である。
集団主義者は、「みんなの考え方、感じ方、行動が同じであること」を望み、個人主義者は「議論を通して立場を明確にすること」を好む。
個人主義者は確信のために独自の論拠を探そうとし、集団主義者は、「同意が得られる領域を探そうとして」、「意向をためらいがちに打診する」。

極端な傾きは個人主義と集団主義のどちらも不合理を招く。


■ 同調圧力とは?
はてなキーワード
自らの所属する集団から被る、その所属集団の多数が支持する意見や行動に対し、同調を迫る明示的、もしくは非明示的な圧力。


ウィキペディア
同調圧力とは、職場などにおいて意思決定を行う際に、少数意見を有する者に対して暗黙のうちに多数意見に合わせることを強制することを指す。

多数決ではなく、全会一致を求められる場面で発生する。
少数意見を有する者に対して強制的に態度変容を強制する手段はさまざまな方法がある。

少数意見を有する者に対して物理的に危害を加える旨を通告するような明確な強制から、多数意見に逆らうことに恥の意識を持たせる、少数意見を有する者に対するネガティブ・キャンペーンを行い風評被害を与える、「一部の足並みの乱れが全体に迷惑をかける」と主張する、意見の根拠を問い質す、同調圧力をかけた集団から社会的排除を行うなど暗黙の同意を要求する場合がある。


■ 同調とは?
はてなキーワード
判断・態度などを含む広義の「行動」に関して、他者、あるいは集団が提示する標準や期待にそって、それらの標準と同一あるいは類似の行動をとること。

集団成員による同調は結果として集団内に斉一性をもたらす。


ウィキペディア
社会に通用している規範や行動様式にそのまま従い、大多数の人々のとる態度や意見に順応していくことをいう。
社会と成員との双方の安定のための基本的な機能であり安全弁であるという側面と、社会の柔軟性と成員個人の主体性とを失わせる危険性を含む側面とを有する。

日本の社会には個人に同調を求める大変強い社会的圧力(同調圧力)がある事は、多くの欧米人に指摘されている。


■ サイバーカスケードとは?
ウィキペディア
サイバーカスケードは、インターネット上における現象のこと。

インターネットには、同じ考えや感想を持つ者同士を結びつけることをきわめて簡易にする特徴がある。
つまり人々は、インターネット上の記事や掲示板等を通じて、特定のニュースや論点に関する考えや、特定の人物・作品等に関する反発や賛美などの感想を同じくする者を発見することができるようになる。

加えて、インターネットは不特定多数の人々が同時的にコミュニケートすることを可能にする媒体でもあるので、きわめて短期間かつ大規模に、同様の意見・感想を持つ者同士が結びつけられることになる。

その一方で、同種の人々ばかり集結する場所においては、異質な者を排除する傾向を持ちやすく、それぞれの場所は排他的な傾向を持つようになる。
そうした環境の下では、議論はしばしばもともとの主義主張から極端に純化・先鋭化した方向に流れ(リスキーシフト)、偏向した方向に意見が集約される。

そして、かような場所では、自分たちと反対側の立場を無視・排除する傾向が強化され、極端な意見が幅を効かせるようになりやすい。
そして、小さな流れも集まれば石橋をも押し流す暴流となる道理で、ささやかな悪意や偏向の集結がえてして看過し得ぬ事態を招来してしまう。

こうしてインターネットは、極端化し閉鎖化してしまったグループが無数に散らばり、相互に不干渉あるいは誹謗中傷を繰り返す、きわめて流動的で不安定な状態となる可能性がある。
サイバーカスケードとは、こうした一連の現象に与えられた比喩的な呼称である。

サイバーカスケードにおいては、特定の個人が不特定かつ非常に多数の者から集中攻撃を受けるという事態(いわゆるブログの「炎上」など)や、完全に誤っている情報であっても瞬時かつ大規模に伝播して受け入れられてしまう事態など、さまざまな危険性が指摘されている。


■ リスキーシフトとは?
ウィキペディア
リスキーシフトは、社会心理学の用語。
「集団思考」として知られている現象のひとつ。

普段は穏健な考え方をし、比較的節度を守って行動することのできる人が、大勢の集団の中では、その成員が極端な言動を行なっても、それを特に気に掛けもせずに同調したり、一緒になってそれを主張したりするようになっていくことをいう。


■ 斉一性の原理とは?
ウィキペディア
斉一性の原理(せいいつせいのげんり)とは、社会心理学の用語であり、ある特定の集団が集団の内部において異論や反論などの存在を許容せずにある特定の方向に進んでいく事を示す。
斉一性の原理は、多数決で意思決定を行う場では起こらず、全会一致で意思決定を行う状況で発生する。

陪審制のあるアメリカ合衆国では、有罪か無罪かを、陪審員が決定する。
殺人容疑で起訴された被告人に対し、状況証拠充分、ならず者経歴豊富といった状況で、容疑を固めるような証拠ばかりが提出されていく。
斉一性の原理が起きている。

それに対し、1人の陪審員が、証拠に反論を積み重ね、無罪を勝ち取っていく物語である。
他の陪審員は、証拠に反論が提出されるたびに、苛立ちを覚える。
斉一性の原理を否定され、社会的現実を脅かされるのが、不快なのである。
しかし、多数の確信が誤りであるとの証拠を積み重ね、遂には多数派に誤りを認めさせてしまう。

斉一性の原理が働く場では、必ず「自薦の用心棒」が現れる。
「自薦の用心棒」の活躍を止めるためには、反論の動機も根拠も客観的であるとの姿勢を貫かなければならない。


■ 自薦の用心棒とは?
ウィキペディア
自薦の用心棒(じせんのようじんぼう マインドガード)とは、社会心理学の用語で、集団心理や社会的影響の結果得られた規範を、擁護しようとする者を指す。
異論や反対、水を差す行為を封殺するのである。

自薦の用心棒は、発言者のネガティブ・キャンペーン等を行い、異論の影響力を弱めようとする。


■ 群集心理とは?
コトバンク
群集の中に生まれる特殊な心理状態。
衝動的で興奮性が高まり、判断力や理性的思考が低下して付和雷同しやすい。


■ 付和雷同とは?
Weblio辞書
自分にしっかりした考えがなく、他人の意見にすぐ同調すること。


■ 集団ヒステリーとは?
ウィキペディア
社会集団に対して、社会的緊張状態のもとで通常の状態では論理的・倫理的に説明のつかないような行動を人々がとる集団パニック状態がみられることがあり、しばしば集団ヒステリーとよばれる。


■ モラル・パニックとは?
ウィキペディア
モラル・パニック(道徳パニック、道徳恐慌)とは、「ある時点の社会秩序への脅威とみなされた特定のグループの人々に対して発せられる、多数の人々により表出される激しい感情」と定義される。

より広い定義では、以前から存在する「出来事、状態、人物や集団」が、最近になってから「社会の価値観利益に対する脅威として定義されなおされる」ことと言える。

モラル・パニックとは、ある種の文化的行動(多くの場合サブカルチャーに属する)や、ある種の人々(多くの場合、社会的・民族的マイノリティに属する)に対して、世間一般の間に「彼らは道徳や常識から逸脱し、社会全般の脅威となっている」という誤解や偏見、誇張された認識が広がることによって社会不安が起こり、これら「危険な」文化や人々を排除し社会や道徳を守ろうとして発生する集団パニックや集団行動である。

モラル・パニックは、少数の人々に対する、多数の人々(必ずしも社会の多数派というわけではない)による激しい怒りという形をとる。


■ エラーとルール違反の心理過程
「ヒューマンエラーの心理学」
人や組織の犯す危険な行為には、「エラー」と「ルール違反」とがあります。
そして、組織の中にあり、事故を起こしたとされる失敗(エラーやルール違反)の背景にある、エラーやルール違反を引き起こす条件を見つけたり改善したりすることが事故予防の要です。

事故を導く危険な行為にはエラーとルール違反によるものがあるので、事故防止のためには、起きた失敗を「○○ミス」とひとくくりにするのではなく、「エラー」と「違反」を区別し、それぞれを引き起こす条件を取り除く対策が必要です。

「なぜこのような(初歩的な)失敗をしたのか、信じられない」

というようなコメントがなされることがあります。

しかし、心理学で明らかにされてきた人間の認知や行動特性、あるいは集団の特性から考えると、そういう状況であればその失敗も起こりうることだと見えてくることが少なくありません。

複数の人、異なる職種の人がチームで仕事をする組織では、心理学が明らかにしてきた、人が集団の中で行動するときのプラス、マイナスの両面が現れるでしょう。
メンバーのモラール(やる気)が低ければ違反を引き起こしやすくなりますが、高すぎても違反を引き起こしやすいことには変わりありません。

集団思考をすれば、一人のときより多彩な見方ができ、思い込みを指摘し合うこともできます。

しかし、一方では集団的浅慮といって、その場の雰囲気や遠慮(誰かが言うだろう)から貧弱な決定がなされてしまうことがあります。
また、リスキーシフトと言って、リスクを低く見積もり高いリスクな行動をしてしまうという失敗を起こし、「皆で渡れば怖くない」とばかりにルール違反をしてしまう傾向が生じます。

集団には「同調行動」(集団の期待や圧力によって、自分の意見や行動を「集団規範」(集団の意見や行動)に一致されてしまうこと)が起こりやすく、集団の多数の意見と違う意見をあえて主張すると集団内で逸脱者となりがちです。
この傾向は、集団の凝集性が高いほど強くなります。

一般に、集団の中で少数の者が誤りに気づくことがあっても、逸脱者になりたくないため、誤りに気づいた人が「止まる」提案をしにくいことが多いのです。
もし集団の中に日頃からルール違反を多めに見るような規範があると、ルール違反を促進するだけでなく、「その違反は危険だ」と思う人がいても違反している人に注意しにくくなります。

事故が起きると、「今後は注意を促し、徹底させる」といった具体性を欠く対策が発表されることが少なくありません。
しかし、事故予防には「エラー」と「違反」を区別し、それぞれを引き起こす条件を取り除く対策が必要です。


■ 集団のルールと多様性や協調性
日本の学校は軍隊か刑務所
日本の旧態依然とした会社の特徴として、とにかく多様性を認めないというものがある。

みんなが残業をしているのであれば、自分も残業をしなければいけない。
みんなが有給をほとんど使わないで仕事をしているのであれば、自分も私用で有給を使うわけにはいかない。

本来であれば人それぞれ価値観や考え方も違うわけだが、そういう事情は一切考慮されない。

たとえ法律で認められている権利を主張したとしても、他人と違う行動を取ろうとする人は協調性がない、自分勝手な人間だとみなされてしまう。

こういう価値観が作られるようになった背景のひとつに日本の学校教育があると考えてもたぶんそれほどおかしくはないと思う。
日本の学校は、正直なところ教育機関よりも刑務所や軍隊に近い。

一度登校したら下校の時間まで敷地の外に出ることは許されないし、先生の言うことには従わなければならない。
軍隊同様、「命令は絶対」なのである。

これらが一体なんのために存在しているのか、昔から疑問で仕方がなかった。
どうやら集団のルールを学ぶとか規律を学ぶとかそういうところに理由があるらしいが、そう言われても未だに納得できないものがある。

たしかに、「集団のルール」や「規律」は重要だ。
自分勝手が許されない場面は当然ある。

しかし、学校教育ではそういったことを強調するあまり、「多様性の尊重」が蔑ろにされてはいないだろうか。

バランスの問題なので、学校教育で「集団のルールを学ぶ」側面が全否定されるべきだとは思わない。
ただ、「個人の好み」を尊重するようなことはもっとあってもいい。


■ ブラック企業の組織原理
ブラック企業の組織原理
ブラック企業の組織原理って、まるでカルト教団そっくりじゃないかと。

いくらなんでもそれは言いすぎだと思うかもしれないが実によく似ている。
どんな点が類似しているのか。


1. 経営者または組織に対する絶対的帰依
企業の存在が絶対善。
だから何があっても教団(企業)に逆らってはいけない。
そして教祖(経営者)や教団(企業)のためには、そこに属する人間は自分が死のうが組織に尽くさねばならない。


2. 反社会行為も組織のためなら是認
教団が信者を支配・洗脳するために、時に暴力行為が是認されるように、ブラック企業では社員を従わせるために、パワハラ行為が正当化させる。

人間を人間と思っていない。

そこにあるのは組織の絶対的なヒエラルキー(階層構造)であり、上の命令やノルマや教義はどんなおかしなことでも、そのために盲信してやり遂げなければならない。

それが違法行為だろうが反社会的行為であろうが。


3. 頭をおかしくさせる閉鎖空間での長時間拘束
信者(社員)を組織のために奴隷化させるには、信者(社員)に一般的な常識価値観を持ってもらっては困る。
「そんなのどう考えてもおかしいだろう?」と思われたまずいからだ。

そこでそういう考えを起こさせないために、組織にいる時間拘束を長くさせる。

長時間拘束することで、一般社会とはできるだけ隔離し、閉鎖された組織での論理が当たり前だと思わせる。
一般感覚をマヒさせ、頭をおかしくさせ、組織に尽くすことを至上命題とさせる。

例えば意味もなく社歌を短期間で暗記しろだとか、「おまえはできないやつだ!」と、信者(社員)の人格を閉鎖空間で否定・罵倒し続け、頭が真っさらになったところで、組織に都合のいいルールを植え付ける。

ブラック企業では新人研修などで洗脳儀式を受ける。


4. 集団心理による感覚マヒ
でもこんなムチャクチャなこと、どう考えてもおかしいよな、とそれなりの大人なら思うわけだが、そこを集団心理を利用して巧みにけん制する。

組織に従わない輩は降格させたり、組織に従う輩を昇格させたりして、わかりやすい賞罰や見せしめによって、疑念の声を出しずらくさせる。

すると「おかしいとは思っているのは自分だけか」との錯覚に捉われ、自分がおかしいと思ってしまう。


5. 不安心理を煽りまくる
組織から離脱させないための最大の洗脳は不安心理を煽ることである。

この教団(ブラック企業)から出て行ったら、他に救いを得られる場所はどこにもないと脅し、ささやかな給料やささやかな昇格で、ささやかな自尊心を満足させることで、組織依存度を高めさせる。


6. 戦いを煽る
カルト教団が「ハルマゲドン」(最終戦争)や、教団弾圧の勢力との聖戦を持ち出し、信者(社員)が気を抜けば戦争(グローバル競争)に負けると、危機意識を煽ることで、組織のために死ぬ気で働かせることを正当化させる。

それによって無茶な重圧を強いるために、なかには死んでしまう人もいる。


7. 信者(社員)は貧乏でも教祖(経営者)は金持ち
信者(社員)から金や時間をさんざんむしりとっているのに、教祖様(経営者様)は金持ちというケースが多い。


ざっと上げただけでもこんなにある。
どうだろう。
そこらのブラック企業と比較してみて。


■ 日本の伝統的な集団主義と価値観
もし「半沢直樹」がアメリカで放映されたら
アメリカはもともと「個人主義(Individualism)」の国である。
新大陸を開拓していくには個人が自分でリスクを取り、自分の人生を切り開いていく以外に道はなかった。

会社と従業員の関係は対等な契約であると見る。
その企業が気に入らなければ、とっとと辞めていく。

自分を生かしてくれる企業に転職し、そこで新たな人生を切り開こうとする。
米国では個人の幸福の追求が、集団での成功より上位の価値観に置かれる。

日本には「集団主義」の長い伝統があった。
組織に忠誠を誓い、波風を立てずに秩序だって行動することを求められた。

それが行き過ぎると戦前・戦中のように「組織のために命を捨てる」ところまで行く。
また、家族の犠牲も大きい。

戦後、民主主義国家になって大きく変わったが、我々の意識の中には古い価値観の片鱗が残っている。

日本の今の「閉塞感」はこうした諸要因が重なって起きているように思う。
会社というクローズドなシステムでは社員に逃げ場がない。

柔軟性を取り入れ、個人に選択の幅を認めるシステムに転換する必要があるように思う。


■ 一つの企業に尽くすことは美徳、会社を辞めることは裏切り行為と見なす集団心理
「やっぱり変だよ日本の営業」
早いか、遅いかの違いはありますが、死ぬまで一つの会社にいる人はあまりいません。
しかし、多くの企業は、基本的に社員が会社を辞めないことを前提に行われています。

業種や規模、社風などによっても違いますが、一般的に言えば今の若い日本人は、会社を辞めることに対して何の抵抗もありませんし、辞めることをむしろ前向きにとらえる人が増えました。

これからはこの傾向が加速するでしょう。

戦後、日本企業は長期間にわたって高度成長を謳歌してきました。
人手不足が社会問題になり、「人手不足倒産」まで起きました。

このために社員の確保が企業の経営課題の一つとなり、社員にずっと自社で働くことを期待し、奨励しました。

つまり、「終身雇用制」は企業側の都合だったのです。

日本人の集団心理をうまく利用し、一つの企業に尽くすことを美徳とし、会社を辞めることを裏切り行為と見なすようになりました。

これは、単に長く続くことで習慣化したものにすぎません。
それでも一昔前までは、終身雇用制は日本企業の文化だと言う人がたくさんいました。

しかし、バブル崩壊後やリーマンショックを経て、日本を代表するような企業でさえも大量のリストラを余儀なくされている現状を見た日本人は、自分たちの会社もすでに例外ではないことに気づいてしまいました。

企業のためではなく自分や家族のために働く感覚が、今の若い人たちはもちろん、中年の人たちにも広まっています。

一つの会社にずっといることを前提とせず、もっと自分の生き方に合う企業、もっとやりがいのある企業、もっと条件のよい企業に転職していくことが、自然なことになってきています。

しかし、実際に日本企業は社員が辞める前提で運用されているのか、そのような運用ノウハウと心構えがあるかというと疑わしいのが現状ではないでしょうか。


■ 日本人の集団主義と協調性
「職場いじめ ― あなたの上司はなぜキレる」
日本の企業社会は、一種のセレモニー化した規範を確立して協調性を大切にしてきた。
そして、こうした企業内の協調性を土台にした人間関係が集団主義を支えてきた。

しかし、この一見まさに集団主義的で協調的に見える行動も、その基準は実は自分の打算によっている。
一見企業へのロイヤリティを軸にした統一した行動に見えても、その原理となっているのは、その行動が己の打算にかなうかどうかである。

つまり、個人としては嫌であっても、出世や仕事にいい効果をもたらすということで参加してきた。
自分だけが仲間と違う行動を取るのはまずいという判断で、自分を殺して参加していることが多かった。

日本人の多くは、実は自分自身は集団主義的な人間だなどとは思っていないという不思議な現実がある。
むしろ、個人個人に聞けば、「日本的集団主義には辟易していて、何とかそういう呪縛から自由になりたかった」などと語ることが多い。

それどころか、「日本人全体が集団主義である」ことは認めても、「自分は、そうした生き方に仕方なく従っているが、本当は違う」と感じている人のほうが多いのが現実であろう。

今、職場に起きていることは、集団主義の揺らぎに対しては「以前から望んでいなかったことだから」と肯定しつつも、今度は「そうは言っても個人主義的に飛び出した行動をすることが本当に利益なのかどうか」を見定めている状態なのだと言ってもいい。

まさに、職場は今、集団主義から個人主義、そして年功序列から成果主義を典型とする変化を前に、自らがどのように協調性を発揮すればいいのか分からず、立ちすくんでる状態なのだ。

古い価値観の集団主義や協調性というしがらみを捨てようとしながらも、なお、その一方でしがみつくという混乱と矛盾の中にいるのだと言ってもいい。

終身雇用と年功序列というシステムが確固たるものであった時代には、「就職」ではなく「就社」するものだと言われたように、その会社に一生を捧げるという考え方が当たり前になっていた。

つまり、就職することは、その会社に忠誠をつくすことで、一生安定した生活を保障されるというバーター的な考え方で成立していたのである。

したがって、その反対に会社へのロイヤリティを失い、それが理由で会社から放逐されることにでもなれば、まさに路頭に迷わなければならない。
そうした危機に陥らないために企業と個人の間には、まさに自発的に見えながらも、暗黙に働くいくつもの強制力が働いていたと言える。

その強制力とは、具体的には、上司の言うことは絶対であり、絶えず上司の意向を忖度して行動することや、同僚との協調性を最優先して、出しゃばったり目立ちすぎることは避けるなどといったことである。

更に、集団としてのルールを破らないように気を使い、極力集団の利益に貢献することで、個人の意思を押し殺す、などである。

日本企業では建前はともかく、本音では企業利益のためにウソをついたり、隠し通すという悪しき集団主義は根強く残っている。
不祥事の対応などでの、こうしたロイヤリティの高さは依然として求められているからである。

まさしく、企業のために自らの良心を殺す場面はあっても、その企業を告発することなどは考えられない風土が依然としてある。
こうした仲間意識が強い集団は、凝集性の高い集団となって、メンバーが互いにその集団に深く関与しすぎることになってしまいがちである。

そのために、メンバーは集団から仲間はずれにされたり、自分への支持を失うことを極端に恐れるようになる。
この時、メンバーの関心は、自分がことを荒立てて騒ぎにするよりも、メンバー同士の関係を重視する方向に目が向けられてしまうのである。


■ 日本人が集団として大きな間違いをするとき
「本質を見抜く「考え方」」
日本人は感覚が鋭敏で、反射や直感で一瞬にして行動を選ぶことができます。
これもまた優れた能力です。

必要にあわせて「やり方」を編み出していくのは、日本のやり方です。
「必要なのはこれだから絶対やれ」「では、何とかやりましょう」ということで、つじつまが合うように反射的に道を選ぶのです。

普通は、直感で決め、どんどんやればいいのです。
しかしリスクが大きくなるときは、必ず「検算」のつまりで論理を用いて、「穴」はないか確かめるのです。

「考え方」においても、直感したものを論理的思考で振り返ってみることで、確認作業として活用するのです。
それだけでもぐっと間違いが少なくなります。

日本人の場合、論理は、「あとでつければいい」のです。

そのとき、とくに気をつけなくてはならないことは、反射的に一つの方向を選んでいると、自分に都合のいい論理ばかりを引っ張ってくることがあるということです。
さらにいうと、日本人には、「論理を思いつく力」まで備わっているのです。

これは、大きな問題です。
一見、論理で検証されているように見えても、その論理自体が「擬似論理」「似非論理」である部分があるのです。

論理というのは、「道具」にすぎません。
ただし、同じ道具でも、ドライバーはドライバーとして、ヤットコはヤットコとして使い、しかも、その道具はしっかりしていなくてはなりません。

道具そのものを作り替えてしまったら、道具ではなくなってしまうのです。
自分に都合のいい、つじつま合わせの「似非論理」は、大切な道具に細工を施して、まったく用をなさない道具にしてしまうようなものです。

あまりにも直感を信じ、それを通したいという衝動にかられるあまり、都合の悪い論理を退けるために無意識論理を操作し、ねじ曲げようとするということです。

日本人が集団として大きな間違いをするときは、このパターンです。
論理それ自体を尊重する心は、やはり大切なのです。


■ 主体性とは?
マニュアル人間、主体性がない、指示待ち人間になる理由って何だろう?
指示通りに行動しない、細かく指示しないと行動できない理由って何だろう?
「知識や方法論中心の研修で育つ力、育たない力って何だろう?」シリーズ
「主体性とは?主体性がないとは?主体性があるとは?」シリーズ
「海外の教育現場(共育現場)ってどんなの?自律性や主体性は育つ?」シリーズ


■ 協調性とは?
協調性とは?協調性がないとは?あるとは?主体性などとの関係って?


■ 自律性とは?
自律型人材は、一方的に教えて育てる教育で育てられるんだろうか?
「ニーズとは?ウォンツとは?その違いと自律性などとの関係って?」シリーズ
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?

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うーん・・・
どーでしょう???

「ふぅーむ、ナルホドナルホド φ(.. ) 」
「そーか、そーゆーことか、ナットク ( ̄∀ ̄)b 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「そーか・・・、そーだったのか・・・ Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン 」
「うぉー・・・、今までめちゃくちゃな要求をしちまっていたのかも・・・ \( ̄▽ ̄;)/ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

困り事や悩みなどを相談しやすい組織と相談しにくい組織って何が違うんだろう?
いち社員、いち管理職の問題を、組織の問題ととらえると見えることって何だろう?
部下や上司、他部署の欠点、弱点、問題点ばかりが気になる原因って何だろう?
思考停止を招く教育とは?従業員の主体性や向上心が育つ人材育成って?
手段の目的化とは?方法が目的や目標より優先してしまう原因って何だろう?
「上司や部下がうつ病になる組織、ならない組織の違いって何だろう?」シリーズ
「やる気、向上心、チャレンジ精神などが持てる組織ってどんな組織?」シリーズ
売上が上がらない、利益が出ない、赤字になる本当の原因って何だろう?
「経費削減、コスト削減、費用削減が進まない原因って何だろう?」シリーズ
「生産性を上げる方法とは?生産性と効率化や合理化との関係って何?」シリーズ
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ

などなども含めてみると・・・

良くも悪くも、いろんな意味で考えさせられません? (^^)

また・・・

日本全体を一つの集団としてとらえてみると、良くも悪くもいろんな意味で考えさせられません? (^^)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


と言う訳で、「組織や仕組みから、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


上司が部下に指示しない、指示できない、指示したくない理由って何だろう?


へ、続きまーす。(^^)/

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、ゆるゆる〜っとお付き合いいただけると嬉しいです。(^^)





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【追伸】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?自律性などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


posted by ネクストストラテジー at 06:40| Comment(2) | 組織や仕組みから考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すごく考えさせられるテーマですね。
斉一性の原理の物語で出てくるような陪審員がいるケースの方が少ないと思います。

更に怖さを感じたのが「自薦の用心棒」の存在です。
異論や反対意見って封殺されている事が、特に会社内ではよく起こっていると思います。

それが、冒頭のキーワードの多さにつながっているのでは?
または、関係しているのでは?と思いました。

客観的な姿勢を貫くには、もっと自分が自律しないといけないなとも反省しました。

最近の日本の政治や原発問題に対しても自分で客観的に見て調べ、考えて周りの意見に流されず自分の意見を持てるようにならないと・・

いつもいつも新しい気づきを本当ぉ〜にありがとうございます!
Posted by はっしー at 2011年07月19日 20:46
はっしー 様

遅くまでお仕事お疲れ様です。
いつもコメントありがとうございます。(^^)/

> 異論や反対意見って封殺されている事が、特に会社内ではよく起こっていると思います。
ううーむ・・・、確かに。
((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル

言論の自由がない独裁国家ならいざしらず・・・
日本って言論の自由がある国のハズなのに、なーんでそうなっちゃうんだろーか???
コレって、ちょっと不思議に感じません(汗)?

> それが、冒頭のキーワードの多さにつながっているのでは?
ええーっと・・・
非常に興味のあるお話なので、はっしーさんのお考えをもうちょい詳しく教えてやっていただけると助かります(懇願)。m(_ _)m

> 客観的な姿勢を貫く
> 周りの意見に流されず自分の意見を持てるようにならないと
ううーむ、コレって難しいけど大事なことなのかもしれないですよねー、ホント。

実は・・・
「自分の考えって何?」「自分の考えがわからない」などの検索も結構多いんですが・・・

そうなっちゃう気持ちも、ナントナークわかるかも〜?
なーんて、つくづく感じる今日この頃です。o( ̄_ ̄|||)o---

> いつもいつも新しい気づき
とんでもございません。
私の方こそ、はっしーさんのコメントによって、いつもいつもたくさんの新たな気づき & ボログ記事のネタをいただいてます。
海より深ぁぁぁぁーく感謝感謝です。m(_ _)m

こーゆー「共育の場」って、やっぱりいいなーって改めて感じています♪
イェ━━━━━ヽ( ゜Д゜)人(゜Д゜ )ノ━━━━━━イ


Posted by ネクストストラテジー at 2011年07月20日 07:02
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