2011年09月08日

多様性とは?画一性とは?主体性や協調性などとの関係って何だろう?

「多様性」とやらとか「多様化」とやらとか、「多様なほげほげ」とやらとか・・・
「画一性」とやらとか「画一化」とやらとか、「画一的なほげほげ」とやらとかについて・・・

「三方よしの経営相談」「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」「組織力の強化や向上」などのお手伝いを行なっているからなのか・・・

いろんな意味で考えさせられる機会があるんですけど・・・
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン

コレって、もしかしたら・・・

「国籍に関する質問を外国人に日本人が質問してしまう理由って何だろう?」シリーズ
「簡単な日本語、やさしい日本語、外国人が理解できる日本語って?」シリーズ
「外国人と話すには英語、海外では英語が必要って本当なんだろうか?」シリーズ
「英語などの外国語の知識があってもコミュニケーションがとれない原因って?」シリーズ
「普通とは?一般的とは?当たり前とは?誰がどんな基準で決めるんだろう?」シリーズ
「海外の教育現場(共育現場)ってどんなの?自律性や主体性は育つ?」シリーズ
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ
「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするかも〜???
なーんて、感じたので・・・

そもそもの話・・・

多様性って、いったい何なんだろーか?
画一性って、いったい何なんだろーか?

何がどーだったら、多様性があるって言えるんだろーか?
何がどーだったら、画一的なんだろーか?
それは、誰がどんな基準でどう判断するんだろーか?

多様性や画一性のメリットって、何なんだろーか?
多様性や画一性のデメリットって、何なんだろーか?
それは、誰にとってのメリットやデメリットなんだろーか?

どんな時に、多様性が必要になるんだろーか?
どんな時に、画一性が必要になるんだろーか?

何のために、多様性や画一性が必要なんだろーか?
誰のために、多様性や画一性が必要なんだろーか?

などなどについて・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ 画一性(画一的・画一化)とは?
はてなキーワード
画一的とは、変化や特色がなく、すべてが同じような感じであるさまのこと。


goo辞書
画一的とは、何もかも一様で、個性や特徴のないさま。


Weblio辞書
画一的とは、何もかも一様にそろえるさま。
一つの枠にはめこむさま。


Yahoo!知恵袋
画一性とは、型にはまった、型通りの、個性のない、横並び。


■ 金太郎飴とは?
goo辞書
1. どこを切っても切り口に金太郎の顔が現れる棒状の飴
2. (1から転じて)似たり寄ったりで違いのないこと、画一的であることのたとえ


■ 多様性(多種多様・多様化)とは?
はてなキーワード
多種多様とは、いろいろさまざまなこと。


コトバンク
多種多様とは、種類が多く、さまざまであること。
また、そのようなさま。


■ ダイバーシティとは?
Weblio辞書
「多様性」などの意味を持つ英語。
綴りは「diversity」。

労働における「人材の多様さ」の概念などとして用いられる場合がある。


コトバンク
雇用の機会均等、多様な働き方を指すことば。

もともとは、アメリカにおいてマイノリティや女性の積極的な採用、差別のない処遇を実現するために広がったもの。その概念が広がりを見せ“多様な働き方”を受容する考え方として使われるようになった。

日本においては、人種、宗教等よりは、性別、価値観、ライフスタイル、障害等の面に注目した多様性として捉えられている傾向がある。

現在、人権等の本質的な観点だけでなく、将来的な少子高齢化による労働力人口の減少等に対応した人材確保の観点から“ダイバーシティ”に取り組む企業が増加している。


■ ダイバーシティ・マネジメントとは?
ウィキペディア
ダイバーシティ・マネジメント(Diversity Management)とは、個人や集団間に存在するさまざまな違い、すなわち「多様性」を競争優位の源泉として生かすために文化や制度、プログラムプラクティスなどの組織全体を変革しようとするマネージメントアプローチのことである。

多様性が企業の売り上げや発展に貢献し、競争力の源泉となるという考えに基づいている。

具体的には多様性に基づくマネジメント優位性があるとされる分野に、コスト資源の獲得、マーケティング創造性問題解決、システムの柔軟性などが含まれている。

また、最近では事業の成長そのものを促す機会として認識されるようになっている。

女性や少数派のみに適応を押し付けるのではなく、組織文化やすべての人々がこのプロセスにかかわることが求められている。
特に会社のトップや人事担当者は、訓練や指導を通じて積極的に支援することが必要となってきている。

人種や性別に焦点が当てられがちだが、ダイバーシティは人種、国籍、宗教、障害、性別、性的指向、年齢などのほか、個人や集団の間で違いを生み出す可能性のあるあらゆる要素を考慮している。

ダイバーシティ・マネジメントは、プログラムではなく、プロセスである。

あらかじめ決められた手続きや数値目標ではなく、実際の取り組みのプロセスで問題点や解決策が見つけ出されるといった、長期的な観点が重視されている。


日本企業とダイバーシティ・マネジメント
「ダイバーシティ」を直訳すると「多様性」という意味になりますが、「マネジメント」という単語が1つ増えることで、違った意味合いになります。
実はこの言葉は、多くの日本企業では、まだまだ正確には理解されていないようです。

例えば、「ダイバーシティ・マネジメントとは、女性活用のことですよね。
わが社では女性管理職の目標比率を管理職全体の25%に掲げています」などと、「多様性」を現象面の一部としてとらえ、数値目標を達成することが「ダイバーシティの取り組み」であると宣言している企業が多く、本質的に理解している企業は少ないと考えられます。

ダイバーシティ・マネジメントとは

企業組織における多様性を価値創造の源泉にするための経営の取組み」

を指し、その要件として、

(1)企業組織におけるさまざまな多様性を認知すること
(2)多様性を上手く活用することにより、直接的・間接的に企業の売り上げや発展に貢献すること
(3)その結果、多様性は企業競争力の源泉であると認知されること

の3つがそろうことで実現できるものと考えられます。

人材マネジメントの領域においては、一人一人の価値観や人生観を尊重しながら、個々人が発揮できる能力を、組織の成果に結び付けることによって組織の活性化につなげる施策を取り入れることが重要になります。

ダイバーシティ・マネジメントの理論では、この考え方を企業経営に導入し、社員一人一人の顕在化した能力を生かす多様性を備えた施策、それを発揮できる多様な場(機会)を提供することが、企業全体としてこれまでにない価値創造を継続的に生み出すと考えられています。

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「職場いじめ ― あなたの上司はなぜキレる」
これまでのように消費者ニーズが画一化されていた時代には、画一的な商品を大量に生産していればよかった。
そして、そうした時代には、定型的でまとまりのよい集団が、その威力を発揮してきた。

しかし、ニーズが多様化して、それに応じた多種類の少量生産という小回りのきく生産体制には、集団主義的な行動様式はマイナスに働くことになる。

今日求められていることは、集団でどのように行動するかではなく、個人個人がそれぞれの能力や特性を発揮し、その総合力をどのように発揮していくのか、ということである。

こうした企業を取り巻く環境の急激な変化にともなう職場環境の変化が、これまでの制度や意識との間に大きな軋みを生み出しているのである。

つまり、日本企業の特質とされてきたものが、今後どのように変化すべきかということが問われているということである。

それは、見方を変えれば、新旧の価値観の衝突ととらえることもできる。


「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」
ブラック企業の労働の特徴は、「単純化(マニュアル化)」と「部品化」にある。
ただひたすらマニュアルを暗記し、「上からの指示」に従う。

こうしたマニュアル労働が発展しているために、勤続期間が延びたとしても、ブラック企業にとって「欠くことのできない人材」になっていくことはない。

マニュアルによって労働者の側をいつでも交換可能な存在にする。
業務の単純化によって、代えが利くからこそ、膨大なノルマを課し、耐えられなければ実際に入れ替えることができるわけだ。

本来の日本型雇用は、OJTと長期育成によって企業内に欠くことのできない人材育成を行うことが一般的だった。
労働市場が逼迫していたがゆえに、大切な人材を有効に使い、高い生産性を上げることを目標とせざるを得なかったのである。

逆に、人材がいくらでもいる中で行われるマニュアル労働は、社会一般の技能水準を引き下げていく。
その結果、業務の質を画一的なもの、限定的なものにしてしまうだろう。


「ヒトラーに抵抗した人々 - 反ナチ市民の勇気とは何か」
彼ら反ナチ主義を掲げて戦った、「普通の人々」の勇気とはなんだったのか、そして、彼らはどんなふうにあの時代を生きたのか。

それは決して、あの時代特有のことではない。
彼らの活動にいまも学ぶことがあるはず。

ナチの教育を一言で言えば、金太郎飴的人間、つまり没個性の人間を再生産すること。

国民の大多数は、ヒトラーの経済政策に大きな期待を寄せ、彼を支持した。
つまりあれは、「国民の同意による独裁」だったということを忘れてはいけません。

単なるイデオロギーで、国民大衆が12年間もの間、非道な独裁者に対して万歳するなんてありえないのです。
統治の手法として、そこには「ニンジン」が必要で、それは人間の本性を突いているとも言えます。
ヒトラーは、そういうものを巧みに操作し、徹底的な利をもって国民を操ったのです。

一方、処刑された教育学者は知識の詰め込みに熱心な教育者ではありませんでした。
彼が目指したものとは、狭い村社会を超えた、開かれた世界を子どもたちと共有し、自分で考えることができる人間、すなわち、主体的自己を育むことです。

あの混沌とした時代の技術社会で人間が生きていくためには、何よりも自律的で、自分をよく知る人間であることが重要なのだ、と言ったのです。
彼のこのメソッドは、いまのドイツの教育にも受け継がれています。

なかでもとりわけ心に大きく響いたのは、彼が処刑される直前、11歳の娘にしたためたという「最期の手紙」の一節。

「いつでも人には親切にしなさい」
「助けたり与えたりする必要のある人たちにそうすることが、人生でいちばん大事なことです」

「だんだん自分が強くなり、楽しいこともどんどん増えてきて、いっぱい勉強するようになると、それだけ人びとを助けることができるようになるのです」

そうか、学ぶことというのは、そういうことだったのだ。
すとんと腑に落ちた。

人間にとって、学びというものが人生のエンドレスな営みなのだとすれば、この言葉は、わたしたち大人がこれから生きるうえでも大きな指標になると、勇気が湧いた。


日本の学校は軍隊か刑務所
日本の旧態依然とした会社の特徴として、とにかく多様性を認めないというものがある。

みんなが残業をしているのであれば、自分も残業をしなければいけない。
みんなが有給をほとんど使わないで仕事をしているのであれば、自分も私用で有給を使うわけにはいかない。

本来であれば人それぞれ価値観や考え方も違うわけだが、そういう事情は一切考慮されない。

たとえ法律で認められている権利を主張したとしても、他人と違う行動を取ろうとする人は協調性がない、自分勝手な人間だとみなされてしまう。

こういう価値観が作られるようになった背景のひとつに日本の学校教育があると考えてもたぶんそれほどおかしくはないと思う。
日本の学校は、正直なところ教育機関よりも刑務所や軍隊に近い。

一度登校したら下校の時間まで敷地の外に出ることは許されないし、先生の言うことには従わなければならない。
軍隊同様、「命令は絶対」なのである。

これらが一体なんのために存在しているのか、昔から疑問で仕方がなかった。
どうやら集団のルールを学ぶとか規律を学ぶとかそういうところに理由があるらしいが、そう言われても未だに納得できないものがある。

たしかに、「集団のルール」や「規律」は重要だ。
自分勝手が許されない場面は当然ある。

しかし、学校教育ではそういったことを強調するあまり、「多様性の尊重」が蔑ろにされてはいないだろうか。

バランスの問題なので、学校教育で「集団のルールを学ぶ」側面が全否定されるべきだとは思わない。
ただ、「個人の好み」を尊重するようなことはもっとあってもいい。


日本の学校掃除は教育か、それとも児童労働か
日本の小学生が、学校で掃除(及び給食の配膳)を行っている動画が話題を呼んでいる。

日本においては一見日常的な風景であるが、欧米諸国の学校では生徒に掃除をさせる習慣はほとんどなく、雇った清掃員に全ての掃除を任せている。
それゆえ、多くの反響を呼んだのである。

主に以下のような反応に分類される。
素晴らしい取り組みと賞賛する人、児童労働・虐待になりかねないと懸念する人、学校は掃除よりも勉強の場所であると主張する人、である。

児童労働・虐待ではないかと懸念する人に関しては、学校が生徒に掃除をさせることで清掃員雇用のコストカットをしようとしていると誤解していることが多い。

日本の小学校の掃除に関する取り組みを賞賛する人たちは主に、ものを大切に扱い敬意を払うこと、自分の始末は自分でつけることを子供に覚えさせる機会として賞賛していた。

中には、家事を覚える良い機会だと捉える人もいたが、これは家で教えるべきことだという反対の意見もあった。

効果に対して懐疑的な意見もあった。
掃除教育は「立つ鳥跡を濁さず」のことわざが表すような日本の精神性を体現している習慣の一つに過ぎず、掃除教育だけではいわゆる日本的精神性の良い面もすぐには身につかないのかもしれない。

日本的精神性の悪い面と関連づけて掃除教育を批判する人もいる。
「掃除教育が教えようとしているエッセンスを否定するわけではないが、行き過ぎた責任感や義務感の教育はよくない」など、加減に対する指摘も見受けられた。

日本の掃除教育に関する動画及び関連記事からは様々な反応が伺える。
同時に、動画はシンプルなメッセージを発信する手段として便利だが、細かな部分の理解を促すには向かず、誤解も生み易いように感じられる。

動画ニュースを見てメッセージを受け取るだけでなく、動画をきっかけにトピックを深掘りした上で多様な考えや視点を知ることも大切ではなかろうか。


「採用基準」
日本の組織や企業は、長い間、極めて同質的な人だけで構成されていたため、説明責任や言葉の力を軽視しがちです。
今は日本人以外の人、仕事に対する考え方が異なる人もひとつの組織に混在しています。

そういった人々を束ね、高い目標に向かって進ませるには、なぜそれが必要なのか、ほかにどんな選択肢があったのか、などについて、論理的且つ明示的に伝える必要があります。

言わなくてもわかっているはずと考え、伝えることを軽視する人の大半は、多様性のあるチームを率いた経験がありません。
もしくは、自分のチームメンバーが多様であるということに気がついていません。
自分と同じモノを見れば、他の人もすべて同じように感じているはずだと考えるのです。

なかには、外見が異なる海外のメンバーがチーム内に混在する場合のみ、言葉で伝えることを重視し、見かけが同じ日本人ばかりのチームだと「言わなくてもわかるだろう」と思い込んでしまう人がいます。

しかしたとえ見かけが同じ日本人でも、たとえ同じ会社で何十年も働いていても、何を見ても同じように考える人ばかりが集まることはありません。

現実には、たとえ必死で言葉を尽くしても、自分の考えを正確に伝えることはとても難しいことです。
全員が同じ目標を共有し、そこに進む道筋を同じように理解しているはずなのに、それらを言葉によって確認する作業を怠ると、すぐにズレが生じ始めます。

人間はそれほどに多様なのです。


「ヒーローを待っていても世界は変わらない」
多様な人々が遍なく活用できるというニュアンスを超えて、多様な人々の多様性を積極的に生かすという意味で「ダイバシティ(多様性)」という言葉も使われ始めています。

日本人男性とは違う、女性や外国籍の方たちの、その人たちならではの視点を生かして行う経営のことを「ダイバシティ経営」と言ったりしますが、最近ではそちらのほうが、日本人男性のみで会社を運営するよりも生産性が高まるとも言われています。

多様な人たちの多様性が積極的に生かされる社会は、当然、多様な人たちの多様な参加形態が多様な形で保障される社会である必要があります。

望んでも社会参加がかなわず、他人と十分に刺激し合うこともできなければ、その人の力が十分に開花する条件は整わないからです。

ところがこの問題は、しばしば意識の問題とした語られてきました。

「条件が整わないとできない、なんて言わずに、がんばってやればいいじゃないか」
「その気になれば、なんだってできるよ」

という理屈です。

日本人は、この発想が大好きです。
「だから、できないのは本人の責任」という、いわゆる自己責任論もここから出てきます。

「困難があってもくじけない、強い気持ちが大事」という意味では、私も賛成します。
ただ、そのことがあまり強調されすぎると「すべては本人の気持ち次第」ということになって、社会は何もしなくてもいいことになってしまう。

どんなに悲惨な貧困家庭で育った子どもでも、将来大成して大成功をおさめた人はいるでしょう。
しかし、だからといって、貧困家庭の子どもたちに何もしないで放置しておいていいのかと言えば、それは違うと思います。

10人に1人か2人はそういう人がいたとしても、残りの8人9人のことも考えないと、社会は全体としてはうまく回らないだろう、と思います。

誰かの責任にして話を終わらせてしまっています。
それを別々の人たちが、ときに正反対の方向から言っています。

お互いが言い放つだけでは現状は変わりません。
なぜなら、現状とはその結果だからです。


多様性がない会社にイノベーションは生まれない
多様な人たちが集まったときに、議論あるいは論争が起こることは多々あります。
例えば文化や商習慣の違いから「1+1はなぜ2なんだ?」といった非常に根源的なことを問われたとしましょう。

そこで「そんなもん、2と決まっているから2なのだ!」と頭ごなしに言いたくなる気持ちもあるでしょう。
しかしそこからコラボレーションは生まれません。

時には「いや待てよ、3の場合もあるか?」と考えることで、皆で同じ方向を向くきっかけになりうるのです。

商品開発をめぐる議論も同様です。
これは当然、社内に限ったことではありません。
関連企業、パートナー企業に対してもそうです。

「こちらは顧客なのだから、とにかく言うことを聞け」という態度で、コラボレーションが生まれるでしょうか。
パートナーであるはずの人たちも心が入らず、「やっつけ仕事」をしてしまうでしょう。

性別や国籍、部署、所属会社といったダイバーシティの中で、率直に議論してコラボレーションを生むことがビジネスを推し進めるのです。

男性、女性の多様性のみならず、年功序列を越えた登用、プロパー社員と中途採用社員の組み合わせ、外国人の採用、パートナー企業との新たな取り組み、社外取締役やアドバイザーの活用、一般社会とのオープンイノベーションの仕組みなど、従来の内向き経営変革するカギとなるダイバーシティを実現する方法はたくさんあるのではないでしょうか。


組織と人材の「トライブ化」が企業の情報環境を激変させる
「トライブ」とは、もともとは部族を意味し、何らかの共通の興味や目的を持ち、互いにコミュニケーション手段があることでつながっている集団を指す。

一般社会や消費者市場では、すでにトライブ化が始まっている。

これまではそれぞれに分散し、相互につながりを持たなかった人々が、インターネットやソーシャルメディアなどを通じて自分たちの意見を同期化し、行動を調整し、その結果を記録して発信できるようになった。

すなわち、人々は自由につながり始めており、そのつながりは大きな力を持ち始めている。
このようなトライブ化の流れは、企業組織にも波及しつつある。

就労者のダイバーシティが進行するに従って、多様な雇用形態や就労形態に対応した就労環境を提供することが求められよう。

パートタイムの就労者や期間雇用の契約社員など雇用形態が多様になるだけでなく、在宅勤務、非常勤、直行直帰といった自由度の高いワークスタイルもより一般的になっていくであろう。

また、雇用形態や就労形態が多様である従業員や社内外の人材が、高いモチベーションを維持しつつチーム力を発揮していくためには、人材の発掘やマッチングを可能とするタレントのマネジメントの仕組みに加えて、柔軟性の高い就労管理や人事評価の管理などの仕組みを必要とするだろう。


「経営の未来」
変化のペースが加速している今、多様性に投資することは贅沢ではない。
それは生き残り戦略なのだ。

多様性はもちろん肌の色や性別だけをいうのではない。
本当に重要なのは人生経験の総体である。

企業は口では多様性を唱えながら、実際には、会社にフレッシュなアイデアを引き入れることより、社員に「ただ一つの最善の方法」を植え付ける訓練プログラムを通じて多様性を排除することに力をいれるきらいがある。

多様性はもはや単なるスローガンであってはならない。
独特なものや奇妙なもの、風変わりなものやいかれたもの、変化に富んだものや突飛なものを求める積極的な活動にならなければいけない。

「現実の人生で、今日我々を悩ませている大きな問いに対する答えが同質な社会から生まれてくると思う者がいるだろうか」

この問いは次のように言い換えてもよいだろう。

「画期的なイノベーションが、知的に同質な企業から生まれてくると思う者がいるだろうか」


「コア・コンピタンス経営 ― 未来への競争戦略」
生物学によると、生物が長年にわたり健全であり続けるには多様な遺伝子が必要である。
同じことが会社という生き物にも当てはまる。

ある企業に勤める人々と話した。
そのとき、我々は次のような4つの質問をした。

まず、「この業界しか経験のない方は手を挙げてください」。
全員の手が挙がった。

次に、「それでは、この会社しか経験のない方は手を挙げてください」。
この質問にも全員が手を挙げた。

3番目に、「では、販売やマーケティング部門の出身の方は手を挙げてください」。
ほぼ全員が手を挙げた。

「最後に、5年以上連続した海外経験のない方は手を挙げてください」。
またもや、ほとんど全員が手を挙げた。

問題なのは、もしも遺伝子の多様性を大幅に増やすために何らかの手段をとらなければ、会社は業界の慣習に染まらない新興会社の挑戦に太刀打ちできなくなるということである。

業界の慣習にすべての会社が従うようになったら、業界全体が新しい競争ルールに対して無防備になってしまう。
画一的な会社が多い業界では、まだ画一的な経営の枠組みに縛られていない会社は大きな市場機会を発見できるだろう。

業界の遺伝子は多様性を失っていないだろうか。
これを判断するには、次のような質問をしてみるといい。

○ 「この業界でおカネを儲ける秘訣は何ですか」と管理職に聞いたら、同じような答えが返ってこないだろうか。どの会社も同じような方法で利益を出そうとしていないだろうか。

○ 自分の利益を守るために、自社の製品や生産技術を革新するよりも、新興会社の参入を妨害することに目が向いていないだろうか。彼らは過去の栄光に甘んじていないだろうか。

○ 長い間、業界の製品やサービスコンセプトが変わっていないだろうか。顧客ニーズや顧客へのサービス提供方法に、こうでなければならないという教義が存在しないだろうか。

○ 経営幹部は行政や規制ばかりを気にしていないだろうか。自分の問題を創造的に解決する代わりに、政府などの行政に責任転嫁していないだろうか。

魚は陸地に関してはまったく無知である。
魚は釣り上げられてはじめて陸地を知るのである。
それではもはや手遅れである。

同じように、自分の遺伝子情報に縛られている会社は、今まで見たこともないような市場機会や、業界の慣習に染まらない新興会社の出現に気づかない。
遺伝子の多様性がなくなると、会社の視野は狭くなる。

政治的影響力の大きい経営幹部の場合が一番やっかいである。
自分の地位が高いというだけで、業界、顧客ニーズ、競合他社、競争方法について部下よりも知っていると思い込みやすい

しかし彼らが知っているのは過去の知識にすぎない。
昇進の階段を上がるにつれて、過去に成功した競争ルールは経営幹部の心の奥に刻み込まれていく。
狭い視野を広げたり、業界の慣習に染まらない新興会社との間の壁を壊さなければ、会社は未来を創造することができない。

市場の競争が複雑に、そして多様になるにつれ、柔軟性のある経営思想や幅のある経営手段などの多様な遺伝子がさらに重要になってきた。
会社が生き残るためには、いろいろな遺伝子を社内に取り込まなければならない。

どうしたら会社の遺伝子情報を変革できるのだろうか。
まず第一に、経営の枠組みのボルトをあまり締めすぎないことである。

たとえば、会社の運営規約や管理手続きに適度の余地を残す。
そもそも、すべての事業に画一的な戦略立案プロセスを押しつける必然性があるのだろうか。

次に、未来に向けた社員教育の場で、あまり過去の成功話を教え込まないことである。
高性能機関銃の時代に、槍や弓を軍隊に教えても何の意味もないだろう。

さらに、自分とあまり似ていない人材をもっと積極的に昇進させることである。
会社トップは自分に似た人材を安易に採用したり昇進させたりして、会社の遺伝子を弱めてはいないだろうか。

また、異なった遺伝子を持つ社員の声を会社経営に反映させることも重要だ。
経営幹部は社内の慣習に挑戦している社員を見つけ出し、評価してやらなければならない。

経営の枠組みを拡大するには、好奇心と謙虚が最も大切である。
上司を無能呼ばわりする社員を許したり、現場からの情報の流れを妨げる管理職層を乗り越えようとするのも、経営幹部に好奇心と謙遜があればの話である。

また、自分の経営の枠組みの限界がどこにあるかを調べるために、競合他社を徹底的に調査しようとするのも同じことである。

日本の管理職は態度、服装、尊敬、勤勉などの文化的な規範には忠実に従うので有名だが、経営に関しては違う。
彼らは異なる経営文化を積極的に学び取ろうとしている。

もはや日本は世界から学ぶより世界に教える方が多くなったと日本の管理職が考え始めたら、世界中の競合他社は祝杯をあげていいだろう。

今まで成長を続けてきた日本の会社は自分の教訓を忘れてはならない。
他社の経営の枠組みの長所を謙虚に受け入れ、自分の経営の枠組みをさらに広げ、内容を充実させなければならないのである。

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うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!!・・・ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ〜 (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

それぞれの言葉の意味がわからなければ
気づけないこと、気がつかないこともあるけど・・・

それぞれの言葉の意味だけを見ていても
それぞれの言葉の違いだけを見ていても

気づけないこと、気がつかないこともある


んじゃーないかな〜???

なーんて、感じません? (^^)

他にも、例えば・・・

会社の全体像を俯瞰すると気づく事、俯瞰しないと気づけない事って何だろう?
対症療法とは?会社の現状そのものに対処しようとすると何が起こるんだろう?
「方針は意味が理解できてテンプレート等を集めたら立てられるんだろうか?」シリーズ
「顧客って誰のこと?どんな人や企業がお客様か考えると気づくことって?」シリーズ
見込み客を獲得するアプローチと失う売り込みの違いって何だろう?
「効果的な宣伝方法や販売促進のやり方とは?三方よしとの関係って何だろう?」シリーズ
「知名度の向上とは?会社の知名度を上げるメリットやデメリットって何だろう?」シリーズ
売上が上がらない、利益が出ない、赤字になる本当の原因って何だろう?
人間にしかできないこと、コンピュータにできること、できないことって何だろう?
「人材育成で効果が出る事、人材育成では効果が出ない事って何だろう?」シリーズ
「人材採用とは?従業員を雇用するのは何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「年齢にこだわって採用するか不採用にするか決める理由って何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が見つからない、有能な人材が採用できない原因って何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が辞める本当の理由、優秀な社員から辞める原因って何だろう?」シリーズ
「人手不足とは?人材不足とは?人手不足や人材不足になる本当の原因って?」シリーズ
「強い組織の作り方とは?強い組織か弱い組織かの判断基準って何だろう?」シリーズ
「組織じゃないとできないこと、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ

などなども含めると・・・

多様化したり画一化したりすることって、目的なんだろーか?
多様化したり画一化したりすることって、手段なんだろーか?

多様性やら画一性やらって、理念・ビジョン・ミッションなどとは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、戦略とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、方針とは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、経営計画とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、ビジネスモデルとは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、経営環境の変化とは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、利益生産性などとは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、付加価値イノベーションなどとは、何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、リストラ経営資源などとは、何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、独自性や優位性、差別化競争力(国際競争力)などとは、何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、取引先や従業員からの信用や信頼などとは、何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、マーケティングとは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、ニーズやウォンツとは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどとは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、顧客満足度とは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、組織力とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、現場力とは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、帰属意識、仲間意識、忠誠心、愛社精神などとは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、組織としての一体感や連帯感、団結力などとは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、出る杭を打つ組織なのか出る杭を打たない組織なのかとは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、人材育成とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、アドバイスやヒントなどとは、何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、自律や自立、自分で考えて行動する力などとは、何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、協調性主体性自発性などとは、何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、やる気や向上心、チャレンジ精神などとは、何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、問題発見力とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、課題解決力とは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、当事者意識とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、危機感や危機意識とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、集団心理とは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、マネジメント力とは何がどう関係するんだろーか?
多様性やら画一性やらって、リーダーシップ力とは何がどう関係するんだろーか?

多様性やら画一性やらって、経営者の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
多様性やら画一性やらって、管理職の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
多様性やら画一性やらって、一般従業員の一般従業員の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?にはどんな関係があるんだろーか?

多様性やら画一性やらって、人事部(総務部)や営業部、製造部などの各部門の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
多様性やら画一性やらって、下請け企業や親会社(親事業者)などの取引先にはどんな関係があるんだろーか?

なんかについても、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお〜っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ〜♪


のかも〜???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


というワケで、「意味が曖昧な言葉から、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


「タイムマネジメントとは?何のため?誰のため?生産性との関係って何だろう?」シリーズ


へ、続きまーす。(^^)/

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)





★★★ ネクストストラテジーは、三方よし経営の黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に「三方よし経営」のお手伝いを行っております。
「戦略的な組織づくり」「組織力の強化や向上」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 (⌒人⌒)



【追伸】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


posted by ネクストストラテジー at 06:45| Comment(0) | 意味が曖昧な言葉から考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
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