2011年10月13日

部下や上司、他部署の欠点、弱点、問題点ばかりが気になる原因って何?

欠点、弱点、問題点ばかりに目を向けて、損することや得することって何だろう?

って記事の中で・・・

「○○がない」、「○○が足りない」、「○○ができない」という点ばかりに着目しがちなのであれば・・・
欠点、弱点、問題点、弱みばかりに着目しがちなのであれば・・・
それで上手く行かないのであれば、時には・・・

「○○がある」、「○○ができる」、強みなどに目を向けてみることによって、
見えて来ることもあり、上手く行くこともある

んじゃないかな〜??? (^^)v


なーんてホザいていましたが・・・

「相手のいい面を見つけようと努力はしてみたんだけど、でも、欠点、弱点、問題点ばっかどーしても気になっちゃうんだよね〜 σ(^◇^;)。。。」
「やっぱどーしてもムカついちゃってムリ!アイツにいいところなんてあるワケないって!
( ̄ヘ ̄)凸 」

などと感じた方もいらっしゃるんじゃーないでしょーか?

また・・・

「お互いの欠点、弱点、問題点ばかりに目を向けるんじゃーなく、お互いのいい面も見つけるようにしよーよ〜 マァ \( ̄。 ̄\)(/ ̄ 。 ̄)/ マァ 」
「双方にそう言ってるんだけど・・・、私は悪くない、悪いのはアイツだ!って感じで感情に走っちゃう人が多くて収集がつかないんです・・・ 。。。(〃_ _)σ‖ 」

のように、お互いの欠点、弱点、問題点ばかり突き合っている人との間に立って奮闘しているんだけど、どーもうまく行かないと悩んでいる方もいらっしゃるんじゃーないでしょーか?

コレって、もしかしたら・・・

「視野が狭まる原因とは?選択肢を狭めてしまう前にできる事って何だろう?」シリーズ
社長が従業員に相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろう?
「経営者の視点を従業員にも持って欲しいと社長が思う理由って何だろう?」シリーズ
「社長が孤独を感じる瞬間って?孤独を感じる時、感じない時って皆同じ?」シリーズ
中小企業の従業員が知っておきたい経営者が孤独を感じる原因って何だろう?
後継者の孤独とは?2代目や3代目など中小企業次期社長ならではの苦労って何だろう?
経営者が優柔不断、迷う、決断できない、行動できない理由って何だろう?
自慢話を社長はなぜするんだろうか?自慢話に聞こえてしまう理由って何だろう?
「社長が愚痴る理由、従業員には愚痴らない、愚痴れない理由って何だろう?」シリーズ
社長がいつも強気でパワフルで元気で前向きで楽観的に見える理由って何だろう?
部下思いのいい上司が、パワハラ上司に変わってしまった原因って何だろう?
「売上や利益が上がらない原因を組織面から考えると気づく事って何だろう?」シリーズ
社長や上司、部下、他部門への非難、批判、文句、愚痴で解決することって何だろう?

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするかもしれないので・・・

そもそもの話・・・

なーんで、相手の欠点、弱点、問題点ばかりが気になっちゃうんだろーか?
完璧な人間なんて存在しない、悪い面もあればいい面もあるのが人間だと頭ではわかっているのに、一度ムカついてしまうと感情がついて行かなくなっちゃうのはナゼなんだろーか?

相手の欠点、弱点、問題点に目を向けることによって、自分自身がトクしていることって何なんだろーか?
相手の欠点、弱点、問題点に目を向けることによって、自分自身がソンしていることって何なんだろーか?

などなどについて、一緒に考えてみません? (^^)/
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)

えーと・・・

例えば、こんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とは?
ことわざデータバンク
その人を憎むあまり、その人に関る全てのものが憎くなるということのたとえ。


ことわざ百科
嫌な人がいると、その人に関する全ての物が嫌いになるという意味合いを持つことわざである。

利用例は

「あの人が嫌いだから連れている犬まで嫌い!『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』だよ」。

その言葉の通り、坊主が憎いとその坊主が身に付けている袈裟まで憎くなるという、相当、人を憎んだことわざである。

『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』とは、よほど嫌いな様子を示す言葉である。
グループに1人でも嫌な人がいると、そのグループ全体が嫌いになってしまうという、人間の心理であろう。


■ 否定的な観点でしかとらえられなくなる理由とは?
「ザ・マインドマップ」
緊密な人間関係でも、相手の価値観を理解し、尊重することを忘れると、悲劇的な終わりを迎える。
感情に身を任せ、きちんとしたコミュニケーションができなくなれば、人は破滅的な負のスパイラルにはまりこんでしまう。

たとえば、AさんがBさんに傷つけられたと感じると、AさんはBさんに対して否定的な感情を持つ。
Aさんの傷つけられたという思いが強いほど負の思考の度合いが増し、Bさんに対する否定的な感情は、さらに強くなる。
すると、破滅的な負のスパイラルはひたすら加速し、いわゆる「常軌を逸した」状態になる。

最後は、過去の幸せな出来事さえ破滅の渦に飲み込まれ、否定的な観点でしかとらえられなくなるのだ。


■ バイアスとは?
exBuzzwords
バイアスとは、偏見、偏りといった意味合いの言葉。
例えば、ある調査を行った際に、様々な要因により調査結果に偏りが出ることがある。
(電話調査を行うと主婦や学生が多くなる、アンケート調査では調査テーマに関心のない人や筆無精の人が脱落しやすい、路上調査では優しそうな人を選びやすい 等)

こういった偏りや、最初の思いこみ・偏見をバイアスと呼び、「この結果にはバイアスがかかっている」といった使い方をする。


はてなキーワード
バイアス、斜め、または偏りや歪みを意味し、転じて偏見や先入観という意味をもつ。
心理学や社会学などの統計から一般論を導く分野で使われることが多い。


■ 認知バイアスとは?
ウィキペディア
認知バイアスは、認知心理学や社会心理学での様々な観察者効果の一種であり、非常に基本的な統計学的な誤り、社会的帰属の誤り、記憶の誤り(虚偽記憶)など人間が犯しやすい問題である。
認知バイアスは、事例証拠や法的証拠の信頼性を大きく歪める。

認知バイアスは様々な観点から分類される。
例えば、集団状況に固有なバイアスもあれば(例えば、リスキーシフト)、個人レベルのバイアスもある。


■ ハロー効果とは?
ウィキペディア
ハロー効果は心理的効果の一つ。
ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと。
認知バイアスの一種である。

一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、ネガティブな方向へのハロー効果も存在する。
ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、後光効果、光背効果とも呼ばれる。

例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、人格的にも優れていると思い込んでしまうケースが挙げられる。
また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品やサービスを実際に使ったりしたことがないにもかかわらず良いイメージを与える。
それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。

いっぽう、CMに起用されたタレントが不祥事を起こしたりすると、商品自体に何の不満も覚えていなかったにもかかわらず購入意欲が削がれたりする。


■ 対比誤差とは?
Weblio辞書
絶対基準ではなく、自分自身(評価者)、あるいは誰かを基準にして、被評価者を評価するエラーのこと。
対比誤差により、被評価者の評価を過大あるいは、過小に評価してしまう危険性がある。

エラーは、得意分野を有する評価者や不得手な分野を持つ評価者に発生しやすい。
特に、優秀なプレーヤーだったマネジメント評価者)が、部下を評価する際に「何故こんなことも出来ないのか」と自身(評価者)の経験や実績と比較して部下を過小評価するケースが多い。

逆に、自分自身(評価者)を基準として、優れたスキルをもつ被評価者に対しては、実際の評価以上に高く評価してしまうケースもある。

評価者(評価者)の得意な事については、比較的厳しく評価する。
不得意な事については比較的甘く評価してしまう傾向があるため、自身(評価者)と反対または同じ特性を有する被評価者を評価する際、特に注意する必要がある。

対比誤差は、人事評価の時における評価内容の正当性との乖離を表現する際に用いられ、人事評価の時に評価者が留意する事項として用いられる。


■ 論理的誤差とは?
exBuzzwords
論理誤差とは、人事考課において評価者が犯しやすい誤謬のひとつで、数ある評価項目のひとつに対する評価を捉えて、それ以外の評価項目への関連性を評価者自身が"論理的"に展開し、他の評価項目へ影響を及ぼしてしまうことをいう。

本来評価項目を複数、かつ、個別に設定しているのは、各項目を独立して評価することを目的としているものの、評価者が被評価者をよく知らなかったり、評価項目の定義差について理解が不十分である場合に、こうした誤謬を起こしてしまう。

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うーん・・・
どーでしょう???

「ふぅーむ、ナルホドナルホド φ(.. ) 」
「そーか、そーゆーことか、ナットク ( ̄∀ ̄)b 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「あ、なーんだ、そーだったのか〜 ヾ( ̄ω ̄〃)ノ 」
「ありゃりゃ・・・、見事に当てはまっちゃってるかも〜? σ( ̄∇ ̄;) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?


じゃあ・・・

ついでに、こんなのもどーでしょう?


■ 「あばたもえくぼ」とは?
ウィキペディア
好きになった人なら、あばたがあってもえくぼのように、良いように見えることから、他の人が見るとあまりいいとは思わないものでも、好きになったらとことん良く思えるということ。


ことわざ百科
これは痘痕(痘瘡など皮膚病の痕)さえも好きになった相手の場合、えくぼに見えてしまうほど、欠点も長所に見えてしまうという意味を持っている。


■ 「恋は盲目」とは?
コトバンク
恋におちると、理性や常識を失ってしまうということ。


Yahoo!知恵袋
相手の良い所ばかりが目に映り、悪いところが見えなくなるばかりか、他人の目をはばかることがなくなったりするような状態を指すようです。

例えば相手の人に問題があって回りが止めていても、本人はその人の事で一杯。
相手の悪いところがまったく見えなくなるという意味もあると思います。

「恋は盲目」の最終形態がストーカーでもある。


■ 「可愛さ余って憎さが百倍」とは?
コトバンク
かわいいと思う心が強いだけに、いったん憎いと思いはじめると、その憎しみは非常に強くなるものだということ。


日本辞典
人一倍かわいがっていた者を何かの契機で憎むようなことなると、その憎しみは、それまでの愛情の百倍にも相当するほど激しい。

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うーん・・・
どーでしょう???

恋に落ちる → 激怒する
好き → 嫌い
良い → 悪い
悪い → 良い

とかに読み替えてみると、何かに似ていません(汗)?
!?工エエェ(゚〇゚ ;)ェエエ工!?


あ・・・

ついでについでに、こんなのもどーでしょう?


■ 近い関係ほど敵対しやすいのはなぜか?
「「上から目線」の構造」
フロイトによれば、夫婦関係、友情、親子関係など親密な感情を伴う二者関係は、ほとんどすべて拒絶し敵対するような感情的なしこりを含んでいる。
同僚同士で争ったり、部下が幹部に不満を持ったりするのも、関係が近いからだという。

さらに、それは個人間のみならず、結婚によって結ばれた2つの家族、隣接した2つの都市や国家、近縁な民族など、集団間にも当てはまり、近ければ近いほど克服しがたい反感が生じるという。

心理的距離の近い個人や集団同士の間に、なぜこのような葛藤が生じるのか。
フロイトはそれを自己愛で説明する。

身近な人に対するあらわな反感や反発には、自己に対する愛情、つまり自己愛の表れが認められるという。
距離が近くなればなるほど、その相手が自己愛の対象となるため、相手と自分の些細な違いにも敏感になり、感受性の違いや価値観の違い、行動傾向の違いや趣味の違いなど、お互いの違いに対する寛容度が低下し、攻撃性が生じるというわけである。

確かにそうだ。
どうでもよい相手に対しては許せることでも、好きな相手だと許せない。

心理的距離が近いほど、相手が自分の思い通りに動かないとき、こちらの思いをくみ取ってくれないときに、失意の気持ちや攻撃的な感情が湧いてくる。


■ ヤマアラシのジレンマ(ハリネズミのジレンマ)
はてなキーワード
あるところに二つの山がありました。
お互いに向かい合うようにそびえる山には、それぞれ1匹ずつのオスとメスのヤマアラシ(ハリネズミ)が住んでいました。

二匹はそのうちお互いに恋に落ち、熱烈に愛し合ったのでした。
そして、二匹のヤマアラシ(ハリネズミ)は自分達の山をおり、中間のふもとにやってくるようになりました。

そして、ある晩二匹はつよ〜〜くつよ〜〜く抱き合おうとするのですが、お互いのハリが体に刺さってとても痛がったのです。

仕方がないので、二匹の間に距離を置くのですが、愛し合っている二匹は少しでも近くにいたいという思いから近寄ります。
でも近寄るとやっぱりハリが体にささっていたいのです。

そんなこんなを繰り替えしてようやく二匹はハリが体に刺さらない距離をみつけだしたのでした。


■ 認知的不協和とは?
はてなキーワード
人は何らかの物事に遭遇した場合(認知)、
それが自分が持っている「認知」と相容れない場合(不協和)、
その「不協和」を解消しようとすること。(不協和の逓減)

不協和の逓減には以下の3つがある。

1. 「認知」を変える(現実を変えたり、考えを変える)
2. 「認知」の重要性を低くする(事実を軽視したり、無視する)
3. 新しい「認知」を追加する(屁理屈や問題のすりかえ)

1や2のように、「変化」をさせたり「否定」をすることはコストが高いため、実際には、3が選択されることが多い。


ウィキペディア
認知的不協和は、人が自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語。
人はこれを解消するために、自身の態度や行動を変更すると考えられている。
有名な例として、イソップ物語のキツネとすっぱい葡萄の逸話が知られる。


gooヘルスケア
人間は、自分の選択した道が“良いはずだ”と思いたいというメカニズムを持っている。
そして、その証拠を集めようとする。

例えば自分が先日購入したデジカメに関して、「これを買って正解だった」と思いたいために、そのデジカメの良い点を探し出しては友人に説明する。
こういった行動も、「認知的不協和」で説明のつく行動といえる。
そして購入した製品が高額であればあるほど、不協和低減の努力は強度を増していく。

職業生活を例にあげると、次のような例が考えられる。
自ら希望して異動、あるいは転職したが、異動先・転職先での業務がつまらなかったり、かえってつらかったりした場合、不協和が起こる。
この不協和を低減させるために、前の職場のあら捜しをしたり、「今しんどいのは慣れてないからだ」と重要度の引き下げを行ったりする。

異動や転職のために遠い土地へ転居したり、単身赴任せざるをえなかったり、家族の大反対を押し切っての異動・転職だったりといったように、そのために払った犠牲が大きければ大きいほど、この傾向は強くなる。
それで一時的にでも不安が軽くなったり、心が落ち着くようであれば、不協和の低減も意味あるコーピングとなり得る。

しかし、不協和の低減に固執するあまりに自分を追い詰めたり、真実を見誤るようであれば、ストレスの増大を招くことにもつながる。

上述の異動・転職の例でいけば、新しい職場がストレスに満ちていて、業務もつまらなく、自分にとって有意義ではないということが真実なのかもしれない。
しかしそう認めてしまうと、払った犠牲が無意味に思えてしまうために、「いや、そんなはずはない」「もっと頑張ればきっと楽しくなる」と固執し、どんどんストレスをためていく・・・といった現象が起きかねないことになる。

このような状態に陥らないためにも、「認知的不協和」というメカニズムが人間にはあるのだ、ということを知ることによって、自分の状態の客観視に役立てられたら良いかもしれない。

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おお〜っ、そーだそーだ♪

何なら、こんなのもどーでしょう? (^^)/


■ 多くの人は見たいと欲する現実しか見ていない
「ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)」
人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。
多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。


■ 当たり前と思っていた前提が全然通じない場合
「ヒーローを待っていても世界は変わらない」
狭い世界で、濃い密度で接しているから、仲間内では前提とされるものがどんどん増えていって、言わなくてもわかる雰囲気がつくられていきます。

ところが、外の人たちには当たり前と思っていた前提が全然通じない場合があります。

狭い世界の仲間内でたくさんのことを前提として共有した頭で外の世界へ働きかけても、なかなか外の人たちに通じる言葉が見つからず、空回りしてしまう。

その場合、得てして「外の世界は無理解だ。ひどい」となるのですが、原因はこちら側にあることも少なくない。
自分たちが前提としているものを共有していない人たちと話し合うための言葉を見つけられない、という問題です。

いわゆる「蛸壺化」、今風に言えば「ガラパゴス化」の問題です。

それは、仲間内だけでやっているときには、あまりぶつからない問いです。
みんなすぐに分かり合ってしまうから。

たまにぶつかっても「こんな無理解な人がいた。まったくまいっちゃうよね」と仲間内で癒しあって終わりです。
「問い」として成立せず、流すことができてしまう。


■ 一部だけに注目した過剰な「単純化」
「「判断力」を強くする」
脳では省力化のメカニズムが発達しています。
その脳の省力化のメカニズムの一つが「単純化」です。

単純化にもいろいろな方式があります。
似ているものを共通のパターン、グループとして整理、理解する単純化の方式もあります。

しかし、時間短縮のための単純化とは、脳内処理を一部省略することなので、ときおり、そのこと自体が判断ミス原因になってしまうこともあります。

「イタリア人は陽気」「高額の商品は高品質」「理系の人は論理的」
一方、イタリア人にも陰気な人、高額でも低品質な商品、理系出身の人でも非論理的な人がいるはずです。

脳のパターン化による単純化が悪さをするケースに限り、私たちはそれを「偏見」と呼んだりします。
脳の「単純化」は判断時間を短縮するための重要な働きなのですが、時にはそれが判断ミスを誘うのです。

一部だけに注目して、過剰に単純化して解釈する誤りは日常茶飯事です。
「単純化」は脳の大切な働きですが、ときおり誤作動して私たちを判断ミスへと誘うのです。


■ 脳は自分にとって興味のあるものを好んで選択する
「脳はなにかと言い訳する ― 人は幸せになるようにできていた!?」
脳が情報をどういうふうに歪めているかというと、脳は自分にとって興味のあるものを好んで選択するということです。

たとえば、幼い子どもに、「日本地図を描きなさい」と言うと、たいていの子どもは、まず自分の家を大きく描き、次に近所周辺の道路を描き・・・

というようによく知っているところを異常に拡大して仕上げていきます。
結果として、日本地図は本人の興味を中心にして歪められてしまいます。

世界地図の場合も同様で、まず日本を大きく描いて、次にアメリカやロシアなど他の国々を描きます。
しかも、日本以外の国は小さく。

それはなぜかというと、自分にとって興味のあるもの、大切なものは、脳の中では非常に大きいからです。

これは、とても理にかなっています。
なぜならば「世界地図を描け」と言われて、たとえばカサブランカの街路図だけを詳しく描いた地図ができたとしても、日常の生活には役に立ちません。

自分が接している生活とインタラクション(相互作用)するのは、私たちの体であり、脳である以上、たとえ歪めてもいいから、大切なものを大きくするわけです。

ですから、その情報が自分にとって価値があれば、それに対してより強く反応する、というのは、当然のことなのです。

それゆえに私たちは日常において注意が必要になります。
そうだと思い込んでしまったら、その思い込みから逃げることができなくなってしまう不自由さ、先入観に機能が縛られてしまう危険性を伴っているということです。

逆に言えば、新しい発想、人とは違う個性とは、先入観や思い込みだけで流されてしまわないで、ほかに何か可能性がないだろうかと考えていくところから出てくるのかもしれません。


■ 自分だけが正しいという思い込み
「すみません」の国 」
欲求や価値観がものごとの見え方を左右することが、心理学実験によって実証されている。

たとえば、昼食後の満腹時の人たちと、朝食を抜いて昼食を控えた空腹時の人たちを対象に、うまそうなステーキのスライド写真を見せる実験をすると、空腹時の人たちの方がステーキが近くにあるように感じている。
また別の実験だが、さまざまな曖昧な形をスライドで見せると、空腹時の人たちの方が食べ物に見えることが多い。

あるいは、同じ人物が、5つのグループの人たちに対して、学生、実験助手、講師、助教授、教授というように別々の地位のもとに紹介され、おおよその身長を判断させるという実験がある。
各グループごとに推定された身長の平均値を算出したところ、地位が高く紹介された場合ほど、身長が高く推定されていることがわかった。

価値があると思うと大きく見えるというわけだ。
身長のような物理的なものの知覚でさえ、これほど主観的なのである。

普段の私たちのものごとの見方がいかに主観的なものであるかは、容易に想像がつくだろう。

どんなものごとも多義性をもつこと。
そして、視点によってものごとの見え方が違う、つまりものごとのもつ意味が異なること。

そうしたことをうっかり忘れると、自分だけが正しいという思い込みが頭をもたげ、自分と違った見方をする人を否定したり、攻撃したりすることになる。


無意識バイアス
バイアスとは、シンプルに言うと育った環境や文化、経験などさまざまな要素からなるフィルターのことで、意志決定の際に避けては通れません。

無意識でバイアスがかかることもあり、正確な判断を下すことを困難にしてしまいます。

無意識のバイアスに打ち勝つには、会社の成功とは何か、履歴書を送ってきた人が会社に何をもたらすのか、をしっかりと理解する必要があります。

例えば、名前は重要ですか?
重要ではありません。

住所、学歴も関係ありません。
年齢は仕事のパフォーマンスに関係ありません。

結果として履歴書でみるべきことはほとんどないんです。


■ 悪いところばかり探し、間違っていることだけを指摘して何か変わるのだろうか
他人の責任にしても何も変わらない
完璧を求め 少しでも悪いことがあれば 全部が悪いことだろうか
自分の考えが 全て 正しいことなのだろうか
今まで 教わってきたことが 全て 正しいことなのだろうか
完璧を求めすぎても 何も変わらない

悪いところばかり探し 間違っていることだけを指摘して何か変わるのだろうか
この世の中 悪いことも沢山ある 間違ったことも沢山ある

ただ 言うだけで何もしない人は 何も変えられないだろう
ただ 文句ばっかり言っている人では 何も変えることは出来ないだろう

自分で行動して 初めて 何かを変えることは
ものすごく 大変なことだと 知ることになるだろう

自分の都合だけで「他人は」 「社会は」 「自然は」 「時間は」 動いてくれない


■ 敵を作ると思考停止に陥る
敵を作ると思考停止に陥る
ただ単に自分の恐怖心や不安、めんどくさいってだけで行動に移せないだけなのに、その行動できない言い訳を何かに責任転嫁して語る思考回路ってありますよね。

自分が個人的に気に入らないというだけの存在を、社会共通の敵、社会悪として容赦無くバッシングできるように頭の中で都合良く改悪設定して、自分が行動できないのはこいつらのせいだ、と容赦無く罵って自分を正当化する。

肝心のその敵については、本人の人間性や裏側の事情などあまりよく知らないような相手であるにもかかわらず、勝手に怒りの標的として都合の良いキャラクター設定に仕立て上げる。

こういう発想に陥ってしまうと自分の恐怖心の制御や、行動に移すために前知識を仕込む事、行動して学びに行こうという思考が消し去る。

思考停止に陥る。

根本的なところにあるのはやっぱり、自分のやりたいことを自己責任で行動に移す、ということに対するハードルが高くて不安感が強いことにある。

なので、自発的な行動に不安を感じやすい人間ほど仮想敵が多い。


■ 選択的に事実を拾うのが人間
「経営意思決定の原点」
「百聞は一見にしかず」といいます。
結局、いろいろな話を何度も聞くよりも、自分で事実を見、体験することで「腑に落ちる」ということでしょう。
その意味で、事実の大切さは洋の東西を問わず変わりません。

問題はこの「事実」という代物です。
「事実」と言いながら、自分の持つフィルターを通してだけ選択的に事実を拾うのが人間なのです。
「事実」とは、実はそうしたフィルターを通して残されたものなのです。

この判断は無意識にされてしまうので、誰かが大声を上げて注意を喚起しない限り、そもそも「重要な情報を無視している」という問題意識すらありません。

いずれにせよ、自分の見方にそぐわない、見方を否定するような情報はどうしても無視されるか過小評価され、自分の見方にあった情報ばかりが目に付くようになります。

「事実」「データ」「情報」を集め、「客観的」に分析することが、よりよい意思決定につながることは、一般的には間違いありません。
しかし、そうした「事実」の重要性を繰り返すときには、もう一度

「誰にとっての事実か」
「どういう立場から見た事実か」
「どのような事実か(エセ事実ではないか)」

を確認してみる必要があるでしょう。

「事実」は一つかもしれませんが、「人間が見た事実」は複数であっても不思議ではありません。
ある見方だけに偏っては、本当の姿は見えてこないし、また「事実」に基づいたとしても、正しい意思決定にはつながらないでしょう。


■ 一頭のゾウを半分に分けても、二頭の小さなゾウにはならない
「学習する組織 ―システム思考で未来を創造する」
3人の盲人が1頭のゾウに出くわしたとき、それぞれが口ぐちに叫んだ。

1人目の盲人は、ゾウの片耳をつかんでこう言った。
「これは大きくて、ザラザラしていて、じゅうたんのように、幅広のものだ」

2人目の盲人は鼻をつかんで
「私こそが真実を知っている。これはまっすぐで、中が空洞のパイプだ」と言った。

3人目の盲人は、前足をつかんで言った。
「これは大きくてしっかりとした、柱のようなものだ」

この3人の盲人は、多くの会社の製造部門、販売部門、研究部門の責任者と同じではないだろうか?
それぞれに会社の問題ははっきりと見えているが、自部門の施策が他部門といかに相互に作用し合っているかが見えている人はいない。

おもしろいことに、物語は、

「3人の”知る”方法では、ゾウとは何であるかが決してわからない」

と結ばれている。

ところで、ときとして無謀にもゾウを半分に分ける人がいる。
そうしても、2頭の小さなゾウにはならない。
ただ混乱が残るだけだ。


■ 原因と結果は、時間的にも空間的にも近くにあるわけではない
「学習する組織 ―システム思考で未来を創造する」
「結果」は、問題があることを示す明らかな症状を意味する。
薬物の乱用、失業、飢餓に苦しむ子どもたち、受注量の減少、利益の低下などだ。

「原因」とは、その症状の発生に最も大きな責任がある。
根底にあるシステム相互作用のことであり、これが認識されれば、持続的な改善を生み出す変化を引き起こす可能性がある。

なぜこのことが難題なのだろうか?
私たちはたいてい、この2つが近くにあると思い込んでいる。
私たちの多くが、ほとんどの場合、原因と結果は時間的にも空間的にも近くにあると考えているからである。

子どもの時代の遊びでは、問題と解決策が遠く離れていたりはしない。
少なくとも、ひとかたまりのおもちゃで遊んでいる限りはそうだ。

何年もたって、マネジャーになった私たちは、世界が同じように機能していると信じがちである。
生産ラインに問題があると、生産ラインの中で原因を探す。
営業スタッフが目標を達成できない場合、新たな販売奨励策か販促キャンペーンが必要だと考える。

私たちが直面する困難の根源は、手に負えない問題でもなければ、邪悪な敵でもない。
それは、私たち自身なのである。

複雑なシステムにおける現実の性質と、その現実についての私たちのごく一般的な考え方の間には、根本的なずれがある。
そのずれを修正する第一歩は、原因と結果が時間的にも空間的にも近くにあるという考えを手放すことだ。


■ 色即是空 空即是色
次世代経営者に求められる資質とは?
「色即是空 空即是色」という言葉がある。
「色メガネでものを見る」というが、ここでいう「色」とはものの見方のことを意味する。

我々は知らず知らずのうちに、ある角度からのものの見方が絶対的に正しいと信じ込む傾向がある。
しかし、環境が変わってしまえば、それが全く意味をなさなくなることもある。

むしろ固定観念が自社の変革を妨げる危険すらある。
つまり、普遍的・絶対的に正しいものの見方などありえないことをいっているのが「色即是空」だ。

しかし、一旦多様なものの見方が成り立ちうることを理解すれば、今度は逆に、ひとつの事柄を見ても、様々な着想が湧くようになり、多面的に物事を解釈できるようになってくる。

そうして世界が色とりどりに映るようになる。
これを「空即是色」という。


■ 他の人のことが気にならない理由
「いい大学、いい会社、いい給料」が勝ち組ではない
「ほんとうの勝ち組」は、いい会社に入った人でも収入の高い人でもなく、自分のやりたいことがわかった人です。

「自分はこうしたい」というものがある人は、強いし幸せです。
お金が少々足りなくても、優先順位がはっきりしているから、他の人のことが気にならない。

やりたいことが特にないという人は、いまの生活がすごく嫌だというのでなければ、そのままでいいと思います。
ただ、やりたいことが実はあるのに、家族のためとか、この年齢では無理とかいろいろ理由をつけて変わろうとしないのは、本当にそれでいいのか、自分で自分に聞いてみてほしい。

「ほんとうに何もやりたいことはない」という人と、明確に「俺はこれがやりたい」という人が全体の1割ずつで、残りの8割は、「そういえばやりたい生活があったかも、でも真剣に検討したことはない」という人だと思うんです。

誰でも、やりたくないことはすぐ浮かびますが、何がやりたいのかはしっかり考えないと出てきません。
「こういう生活ができたらいいな」と想像力を働かせてほしい。

私たちは、「人間はこうあるべき」という価値観から解放されるために一生、戦ってるともいえます。

いろんな経験を積めばいいと思うんです。
失敗したからこそわかること、恵まれなかったからこそ身につくこともあります。

働きながらいろんな材料をそろえて、人生半ばで自分の求める生き方を実現できれば、そこからまた数十年、楽しく生きていけます。


■ 人は完全無欠な存在ではなく、誰でも弱みや弱点を持っている
「なぜ社員はやる気をなくしているのか」
人は、そもそも完全無欠な存在ではない。
誰でも弱みや弱点を持っている。

生身の人間はいかに立派な人間であっても弱点を持っているのだが、それがまた人間らしいと言われる所以でもある。

だが、固定した理想像を前提とした人間観を唱えるようになると、中心になって唱えている人たちは、いつの間にか自分があたかもその理想像の申し子であるかのようにふるまいはじめる。

このような環境のもとでは、中身より形式ばかりを重んじる精神論が横行しやすい。

その結果、権威主義があらゆるところにはびこっていく。
これを温床に、官僚主義や大企業病が組織に蔓延していくのである。

引き算の人間観で人を判断すると、どうしてもまず欠点からその人を見がちである。

そうなると、表向き欠点の少なく見える、組織の論理に過剰適合した無難な人物の評価が、相対的に高まる傾向が強まる。

毒にも薬にもならないような無難な人間、言い換えれば「善意の抵抗勢力」が評価されるから、権威主義だってはびこるのだ。

問題意識が強かったり、事実に対して誠実であったりして、おかしいと思うことはおかしいと言ってしまうような人物は、多くの場合ポテンシャルがある。

ただ、こういう人物はあまり器用でなかったり、自分に正直すぎて「賢さ」がなかったりすることが多く、欠点が目立ちやすい。

賢く立ち回ることが苦手な人が多いのだ。
だから、引き算の人間観から見ると評価は低くなる。

退化を促進する価値観がはびこる組織から、この種の人材が次第にしなくなってしまうのには、このような理由があるのだ。

足し算の人間観を持つ人は、あるがままの人間をまずそのまま認めて、その人の「個性」を見つけ出そうと努力する。
既成概念にとらわれず、持ち味を見つけていこうとする。

足りない点を指摘することからはじめるのではなく、まず受け入れて、受け止めて、優れた特性を引き出そうとするのである。

変革に不可欠な人材は、「足し算の人間観」で高い評価を与えられる人材だ。

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うーん・・・
どーでしょう???

世の中には全く同じ人間もいなければ、全く同じ企業も存在しないでしょーし・・・
全く同じ状況というのも、ないでしょーから・・・
どんな人に対しても、どんな状況に対しても全て当てはめてしまうのは危険だとは思いますが・・・

一理あるっちゃー、一理あるかも〜?
とも感じません? (^^)

これらには・・・

一見バラバラのように見えても、何か共通点がある

んじゃーないかな〜???

なーんて、感じません? (^^)

例えば・・・

「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ
「タイムマネジメントとは?何のため?誰のため?組織力との関係って何だろう?」シリーズ
「様々な選択肢を自ら失って諦めてしまう前にできることって何だろう?」シリーズ
「組織じゃないとできないこと、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
自律型人材は、一方的に教えて育てる教育で育てられるんだろうか?
「根本的な原因とは?真因とは?今見えている問題って本当の問題?」シリーズ
「丸投げとは?丸投げした結果、失うものや得られるものって何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が辞める本当の理由、優秀な社員から辞める原因って何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が見つからない、有能な人材が採用できない原因って何だろう?」シリーズ
従業員の潜在的な能力の発掘、発揮方法って?組織力などとの関係って何だろう?
「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ
「視野を広げる方法とは?経営者と従業員の視点って何がどう違うんだろう?」シリーズ

などなども含めると、いろんな意味で考えさせられません? (^^)/

ううーむ・・・

「三方よしの経営相談」や、「自律型人材育成」「自律型の組織変革」のお手伝いを行なっていることもあり・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるせいか・・・

個人的には・・・

「最大の敵は己の心の中にあり」

とは、よく言ったものなのかも・・・(滝汗)???

なーんて、いつもいつも痛感しているんですが・・・
肝に銘じるようにしていることの一つでもあるんですが・・・
((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル

そーゆー意味も含めて・・・

「敵(相手)を知り、己を知れば、百戦危うからず」

って、大事なことの一つなのかも〜???
なーんて、いつも感じているんですが・・・
(=´∀`)人(´∀`=)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?

・・・え?

「それはわかるんだけど、やっぱりムカついちゃうんだよー! (# ̄3 ̄) 」
「不平・不満とかを聞かされる方は、ストレスが溜まっちゃうんだけど・・・、それってどーしろって言うだよー!ナントカできないの?我慢するしかないの? o( ̄_ ̄|||)o--- 」

・・・って?

んーと・・・、じゃあ・・・

例えば、こんなのから考えてみるのはどーでしょう?
o(*⌒O⌒)b


不平、不満、不安って悪いことばかり?不平、不満、不安などをうまく活用する方法って?


と言う訳で、「組織や仕組みから、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


組織力の強化・向上、強い組織づくりって何をどうすればいいんだろう?


へ、続きまーす。(^^)/

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、ゆるゆる〜っとお付き合いいただけると嬉しいです。(^^)





★★★ ネクストストラテジーは、三方よしの場づくり黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に、「三方よし経営」のお手伝いを行っております。(^^)/
「自律型人材育成」「自律型の組織変革」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 m(_ _)m



【追伸】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?自律性などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


posted by ネクストストラテジー at 06:35| Comment(2) | 組織や仕組みから考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。いつもお世話になっております。カピバラパパです。
拝読してぞっとしました。。。汗)
『最大の敵は己の心の中にあり』
『最大の敵は己の心の中にあり』
『最大の敵は己の心の中にあり』。。。
ぶつぶつぶつ。。。毎日念仏代わりに唱えます。。。
Posted by カピバラパパ at 2011年10月13日 15:36
カピバラパパ 様

こんにちは。
こちらこそ、いつもお世話になっております。
コメントありがとうございます。(^^)

> 最大の敵は己の心の中にあり
いやー、コレってホントにコワイですよね・・・(滝汗)。

> 毎日念仏代わりに唱えます
ねっ・・・、念仏ですか〜。(^^;)
じゃあ私も一緒に、ぶつぶつぶつ・・・。

にしても・・・!

カピバラパパさんのそーゆーキャラって、個人的にはとっても大好きです♪

(追伸)
実はこの記事、今週から開始する予定のシリーズの伏線にもなってたりなんかします。
いえなに、カピバラパパさんなら、どーゆー意味かわかっていただけそうかな〜って、勝手に期待してたりなんかするのでw

因みに、例えば以下の記事も伏線(おまけ?)のうちの一つでもありますが。
( ̄ー+ ̄)ニヤリッ

http://blog.next-strategy.com/article/230674787.html
Posted by ネクストストラテジー at 2011年10月16日 21:11
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