2012年05月23日

部下との接し方、注意の仕方、指導方法などに上司が悩む理由って何?

「やさしく注意したり指導したりしたつもりだったのに、厳しくしたつもりは全くないのに、部下が辞めちゃったり、うつ病などの診断書を提出して休職しちゃったりしたことがあってどーしたらいいかわからないんです・・・ ( TДT) 」
「親切丁寧にアドバイスしたつもりなのに、悪気は全くないのに、見下しているとか、偉そうにしているとか、バカにしているなどと部下から言われたことがあるんです・・・ (・・、) 」

「ちょっと壁に当たっただけで仕事を放り出して逃げてしまう部下がいて、上司としてどうしたらいいものかと頭を抱えているんです・・・ (o´д`o)=3 」
「失敗した部下を慰めたつもりだったのに、逆ギレされてしまって、どーしたらいいのかわからないんです・・・ (;´д⊂) 」

「部下とどう接したらいいのか正直わからなくなってしまったんです、部下と接するのがすっかり怖くなってしまいました・・・ ( ノД`) 」
「上司として部下に注意しなきゃーいけないこともありますが、どう注意したらいいのか、どう叱ったらいいのかわからないんです・・・ (; ̄Д ̄) 」
「部下を指導しようとして、いろいろとやってみているんですが、どれもこれも効果がないんです・・・ ( ̄_ ̄|||) 」

「こんなことで悩むようじゃー、私なんてやっぱり上司に向いていないですよね・・・、上司失格ですよね・・・ (>_<、) 」
「もうどうしたらいいのか全然わかりません・・・、管理職になるんじゃなかった・・・、管理職なんて辞めたいです・・・ o(><;)(;><)o 」
「このままじゃー、パワハラを本当にやらかしてしまうか、うつ病になるかしそうで自分が怖いです・・・ (|||▽ ) 」

「あのパワハラ上司をナントカしてください!って言う人がいるんですが、どこからどう見てもパワハラとまでは言えないように感じて、人事部(総務部)としてはどーしたもんかと困っているんです・・・ o( ̄_ ̄|||)o--- 」
「あの上司のせいでうつ病になった!会社を訴える!って言う人がいるんですけど、双方の話を聞いても状況を実際に見ても、うつ病になるような状況とはどうしても思えなくて・・・、人事部(総務部)としてどう対応したらいいか悩んでいるんです・・・ (ノ;´Д`)ノ 」

などなど・・・

「三方よしの経営相談」や、「自律型人材育成」「組織力の強化や向上」のお手伝いを行なっているせいか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるせいか・・・

このような非常に切実な声を、特に上司の立場の方や人事部(総務部)の方、時には経営者の方からもお聞きすることもあるんですが・・・
(;´・ω・`)

コレって、もしかしたら・・・

「部下育成などの方法論に振り回される前に考えておきたい事って何だろう?」シリーズ
対症療法とは?会社の現状そのものに対処しようとすると何が起こるんだろう?
現状把握ってどんな時に必要?何のため?対処方法や効果などとの関係って何だろう?
「人材育成で効果が出る事、人材育成では効果が出ない事って何だろう?」シリーズ
人材育成や教育を「自分ができる事」と「教えられる事」から考えてみると?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
部下思いのいい上司が、パワハラ上司に変わってしまった原因って何だろう?
「上司や部下がうつ病になる組織、ならない組織の違いって何だろう?」シリーズ
上司が部下に指示しない、指示できない、指示したくない理由って何だろう?
マニュアル人間、主体性がない、指示待ち人間になる理由って何だろう?
部下や上司、他部署の欠点、弱点、問題点ばかりが気になる原因って何だろう?
「内向きな組織とは?内向き志向とは?内向きな組織になる原因って何だろう?」シリーズ
「管理職が論文やレポートを書く意味って?何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「優秀な人材が辞める本当の理由、優秀な社員から辞める原因って何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が見つからない、有能な人材が採用できない原因って何だろう?」シリーズ
「組織じゃないとできないこと、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ
「経営者の視点を従業員にも持って欲しいと社長が思う理由って何だろう?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするのかも〜???

なーんて、感じたので・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

えーと・・・

例えば、こんな本から考えてみるのはどーでしょう? ( ̄∀ ̄)b


「「上から目線」の構造」


■ どんな内容なの?
引用でご紹介すると、こんなのでしょーか。( ̄∀ ̄)b


【本当はパワハラではないのに、パワハラと感じてしまう理由って何だろう?】
ある40代の管理職は、最近は上司に叱られて傷ついたと総務に駆け込む若手が増えてきたという。

「双方から事情を聴いてみると、上司が注意したのはもっともなことで、注意の仕方もとくに問題があるとは思えない。そんなケースがほとんどなんです」
「それなのに、注意された部下の側は、『上から目線』で見下すような言い方をされて傷ついたと言うのですよ」

このように言う管理職の話を聞いていて、甘えたい気持ちがそのままに受け入れられないとき、「すねる」「ひがむ」「ひねくれる」「うらむ」といった心理が生じ、そこに被害者意識が含まれるという、甘えの理論が頭に浮かんだ。
素直に甘えさせてくれないから「すねる」ことになる。
「ひがむ」のは、自分が不当な扱いを受けたと曲解するわけだが、それは自分の甘えの当てが外れたことに起因する。

「ひねくれる」は、甘えることをしないで相手に背を向けることだが、それは自分の甘えの期待に応えてくれなかったと感じることによる。
甘えが拒絶されたということで相手に敵意を向けるのが「うらむ」である。

これらの歪んだ甘えの真理には、非常に自分勝手な被害感情が含まれている。
ほめてもらいたいのに、ちょっとしたミスをして、叱られてしまった。
こんなに頑張っているのに、労をねぎらうことなく、急かしてきた。
失敗したのを自分が一番気にしているのに、慰めるどころか説教口調で注意してきた。

いわば、甘えたい気持ちが受け入れられなかった。
期待を裏切られた。
そこに被害者意識が生じる。

叱ったり注意したりした側にけっして非があるわけではない。
でも、傷ついたのは確かなのだ。

もっとほめてほしい。
もっと評価してほしい。
もっと認めてほしい。

それならば、ほめられるようなこと、評価されるようなことをして、自分をしっかり認めてくれとアピールすればよいのだが、それがしにくいのが日本の「甘え文化」と言える。
自分からアピールせずに、相手がこちらのひそかな要求に応えてくれることをひたすら期待して待つ。
それが日本流のやり方なのだ。

だからこそ相手の出方が非常に気になる。
甘えに応えてくれないと、見捨てられたような被害感情が生じる。
「上から目線」で冷たく切り捨てられたような気がするのだろう。


【ちょっと注意しただけで、辞めたりうつ病で休職したりする理由って何だろう?】
自信のない若者が増えたと言われる。
果たして若者だけなのだろうか。

人から認められたいというのは、だれもが心の中に抱えている基本的な欲求だ。
自分が有能であることを人から認められたい。
自分が良いヤツだと人から思われたい、その結果として自尊心を持てるようになりたい。
だれもがそうした思いを抱えて、仕事に取り組み、人間関係をこなしている。

勉強や仕事で成果を出すことができず、人間関係もうまくいかないなど、承認欲求をなかなか満たすことができないとき、承認欲求が脅かされ、傷つきやすい心理状態がつくられる。
ちょっとしたことで、「自分はダメだ」と落ち込んだり、「見下された」と感じる。

「向こうは最初から上から目線だったし」と自嘲気味に言うケースも、「どうせオレはダメだから」「仕事できないし」といった自己卑下的な開き直りの姿勢に、心の傷つきの深さを感じざるを得ない。

仕事上のミスや態度をちょっと注意されたくらいで逆ギレするケースでも、承認欲求の深い挫折感がその背後にあるとみて間違いないだろう。
人から認めてもらえたという実感がなく、自尊心が持てないため、特定の行動や態度を注意されただけで、自分を全否定されたかのようなダメージを負ってしまうのだ。


【何でもメールで済ましてしまう理由って何だろう?】
一方的につぶやくのは気楽な発散法に違いない。
だが、現実の対面場面で一方的に発散する人物ほど迷惑な存在はない。

人間関係には相互性が不可欠だ。
ネット上を居場所にする若者の増加は、逆に言えば現実社会に根を下ろせない若者が増えていることを意味する。

対面のかかわりとネット上のかかわりを比べると、何が一番違うのか。
それは、相手が見えるかどうか、相手に見られるかどうか、つまり視線のやりとりがあるかどうかだ。
ネット上のやりとりの気楽さは、対面と違って視線のやりとりがないことにあるといってよいのではないか。

対面が苦手な人物は、たいてい電話も苦手だ。
どちらも臨場感があるからだ。

電話の場合は、当然視線のやりとりはない。
だが、声を通して臨場感のあるやりとりをすることで、相手の視線が目の前に浮かんでくる。

映像的な意味での視線というより、相手からどう見られているか、自分の言うことがどのように受け止められているかという意味での相手の視線が気になるのだ。
相手の視線を読みながら、臨機応変の対応をしなければならない。
そうした臨場感が苦手なのだ。

それに比べるとメールは非常に気が楽だ。
相手の反応はすぐにはわからないし、即座に反応する必要もない。
とりあえずはこちらのペースで伝えたいことを一方的に書けばよい。

電話をしなければならない相手になかなか電話しない部下にイライラする上司は少なくないようだ。
メールでの対応はふつうにできる。
一方的なコミュニケーション手段だからだ。
双方向コミュニケーションが苦手なのだ。

相手がどう受け止めるか、どう反応してくるかを気にしながら話し、相手の反応に応じてこちらの話すことを臨機応変に決めていかなければならない。
そう思うだけで、気持ちが萎縮し、逃げたくなってくる。
電話しなければと思うのだが、ついつい後回しにしてしまう。

このあたりの事情は、対面のかかわりが当たり前だった世代には、なかなか理解できないかもしれない。


【人からどう見られるか気になって仕方がない理由って何だろう?】
自己中心的な振る舞いが多い見なされている現代の若者だが、相手に非常に気を使っている面もある。
それが「空気を読む」ということであり、その場にふさわしい話題しか持ち出さないという意味での気遣いが不可欠のものとなっているようである。

だが、自分のどういう面は出しても良いが、どういう面は出してはいけないというような判断を相手ごと、場面ごとにするのは、何とも面倒な作業だ。
そこで登場した便利な装置が「キャラ」だと言って良いのではないか。

たとえば「天然キャラ」ということにすれば、空気を読めなくても許される。
「鉄オタキャラ」ということにすれば、いつも自分の好きな鉄道ネタばかり話してもウザがられない。
自分は「○○キャラ」であると公に示してしまえば、いつもその面だけを出していればよいのだ。

今の若者の間では、自分がどんなキャラを立てるかは、非常に重要な問題であるようだ。
いったんあるキャラを確立すれば、いつもそのキャラでみんなに対すればよいのだから、いちいち相手との関係を考えずにすむので、ある意味では気楽と言える。
だが、自分のキャラに反する言動は一切控えなければならないという窮屈さも同時にあるのだ。

キャラを演じていれば、いちいちその場の空気を読んで自分の出方を調整する気苦労から解放される。
ところが、その便利きわまりないキャラが、自分を抑圧する装置でもあるのだ。
キャラという装置に依存している限り、自分の一面しか友達に対して出すことができない。

人間というのは多面的な存在だ。
いろんなことを感じ、いろんなことを考える。
いつもギャグばかり飛ばして周囲を笑わせているキャラの子だって、ときには深刻に悩むこともある。
でも、キャラという装置に依存する限り、キャラに反する自分の思いはすべて抑圧し続けなければならない。

そのため、キャラを演じるのに疲れるということが起こってくるのだ。
キャラを演じるのに疲れながらも、キャラから抜け出すことができない。
今の若者にとっては重たい問題なのかもしれない。

キャラを演じ、キャラに縛られ、親しさを演じ、ホンネを抑える。
すべては空気を読むという一点に収束していく。

その場にふさわしくない言動をとると、KY(空気読めない)と非難され、ひどい場合は仲間外れにされる。
だから、友達と何気ない雑談をするときにも気を抜けない。

親しい間柄でもホンネの交流がしにくいということは、ホンネのコメントを返してくれる鏡を持たないことになる。
ホンネを出し、それに対する反応を得ることによって、自分が見えてくる。
昨今の「自分がわからない」という若者の急増やカウンセリングの流行も、若者たちが他人という鏡を持たなくなったことによるのかもしれない。


【人からどう思われるか気になるのに、相手の立場に立って考えられない理由って何だろう?】
人間は、だれでも自分の視点からしか世界を見ることができない
だが、そこに開き直っていたら、人とわかり合うことができない。

そこで、想像力によって自他の視点の溝を埋めようと努力するのである。
相手に対する共感性を何とか高めていく必要がある。
そのためにも重要なのは、相手の視点に想像力を働かすことだ。

最近の若者が他人に関心がないということはないのではないか。
人からどう見られるかを気にしすぎるくらいなのだから、むしろ他人に関心がありすぎるのではないか。
そんな疑問を口にする人がいた。

だが、それは違うと思うのだ。
人からどう見られるかを気にするというのは、あくまでも自分自身への関心だ。

自己愛の視線を相手を通して自分に向けているにすぎない。
相手そのものなど眼中にないのだ。
人の目に自分がどう映っているかが気になるだけで、他人そのものに関心が向いているわけではない。


【人の目を気にするのは若者だけなんだろうか?】
他人の視線が気になるというのは、相手から見透かされるのではないかとか、見下されるのではないかといった怖れを感じるのである。
自分の視線が気になるというのは、目つきが悪いなど自分の視線が人に不快感を与えるのではないかと怖れるのである。
いずれも、そうした心配と緊張のあまり、人と視線を合わせることを極度に怖れ、対人場面を避けるようになるのである。

視線恐怖までいくと、かなり極端に感じられるかもしれないが、人からどう見られるかが気になって仕方がないというのは、多くの日本人が共感できる心理なのではないか。
「だれが何と言おうと、私は私だ」「これが自分なのだ」と自分を押し出していく欧米社会に視線恐怖があまり見られないというのも、もっともなことと思われる。

人から向けられる視線が気になる心理。
自分が人に向ける視線が相手からどう受け止められるかが気になる心理。
それは、相手との関係によって形を変えていかなければならない日本的自己のあり方と深く関係している。

私たちの自己は、相手から独立したものではなく、相手との相互依存に基づくものであり、間柄によって形が変わる。
ゆえに、相手との間柄がどうなっているかに過敏にならざるを得ない。

「だれが何と言おうと、私は私だ」などと開き直ることはできない。
「私」は「相手」にとっての「あなた」の要素をちゃんと盛り込んでおかないといけないのだ。
だから、相手の視線に過敏にならざるを得ない。

海外に行くと、相手が視線を無遠慮に向けてくるので、こちらも頑張って視線を向け返すといったやりとりに苦痛を感じる日本人が少なくない。
そのような経験をして始めてわかるのが、私たちは普段適度に視線を外しながら人と話していることだ。

電車の社内の広告は、やり場のない視線を受け止めるためにあると言ってもよいほどに、視線のやり場に困る乗客たちの助けになっている。
あれがなかったら視線が浮遊してしまい落ち着かないという人が多いのではないか。

欧米の基準で言えば、話すときは視線を向け合うべきなのだろうが、私たちは視線を合わせずに話すことに何の抵抗もない。
むしろ面と向かって話し続けることに圧迫感を感じる。
適度に視線を外しながら会話をするのが心地良い。

日本文化のもとで育った私たちは、人から視線を向けられることに慣れていない。
ゆえに、人から向けられる視線にはとても過敏なところがある。
このことも、人の視線、いわば人からどう見られるかに過敏になりがちな傾向に関係しているに違いない。


国際競争力の強化に必要なことって何だろう?】
母性と父性のいずれが人々の行動原理としてより強く機能しているかによって、母性社会と父性社会に分けることができる。
日本が母性の強い社会だというような議論は耳にしたことがあるのではないか。

欧米社会が厳しい競争を勝ち抜くことが求められる父性社会であるのに対して、日本は厳しい競争を排除した母性社会である。
では、日本が母性社会だというのは、どのような意味なのか。

引きこもりは、2010年にオックスフォード辞典に採用され、英語になった。
「甘え」もかつて英語になったが、「引きこもり」も英語になったということは、いずれも英語圏にはそれに相当する言葉がなかったわけであるから、きわめて日本的な心性を反映した現象といえるだろう。

昨今の受験事情や就職事情の厳しさを引き合いに出して、日本も競争の激しい社会になってきたと言いたくなる人もいるだろう。
だが、現実にきつい思いをしている人がいることと、社会を貫く基本原理に厳しさが強いかどうかとは、別の問題である。
たとえば、つぎのような事情を見てみよう。

日本では、飛び級というのは非常に例外的であって、同じ年齢の子どもたちは能力に関係なく同じ学年というのが今でも基本になっている。
これは、父性原理に基づく国の人たちからすれば、理解に苦しむことだろうが、私たち日本人にとっては何の違和感もない。

能力が違ったって、同じ年齢なら同じ学年。
これは、まさに母性原理に基づく発想だ。

学校と違って、会社では年功序列が崩れ、欧米のように能力主義が導入され、能力による選別評価が行われるようになってきた。
しかし、その能力評価が必ずしもうまく機能しないことが少なくない。

温情が加わったり、個人が突出しないような配慮がなされるなど、純粋な能力評価よりも場の均衡の維持を優先させる傾向が強いからではないだろうか。
これも母性原理に基づく発想だ。

国政を見ていても、日本の総理大臣は、自分の主義主張で動くというよりも、自分の属する組織の中に不満が生じないようにみんなの要求充足のバランスをとることに腐心する。
そのため、だれがなっても大して変わらないと揶揄されることになる。
これも母性原理が強いことと無関係ではないだろう。

では、母性原理や父性原理というのは、いったいどのようなものなのか。


○ 母性原理
母性原理は、「包含する」機能にその特徴がある。
すべてをそのまま包み込み、個性や能力に関係なく一切平等に扱う。

それは、保護的なやさしさではあるが、母親が子どもを守るがゆえに束縛するように、メンバーを温かく保護する代わりに、すべてのメンバーに一体感を強要するようなうっとうしさがある。


○ 父性原理
父性原理は、「切断する」機能にその特徴がある。
主体と客体、善と悪、上と下など、すべてのものを区別し分類して、その個性や能力に応じて扱いを変える。
そうすることによって個々のメンバーを鍛え上げていくが、ときに厳しすぎて個人を潰してしまうこともある。

個人を厳しく鍛えて個々の成長に導くよりも、メンバー間にあまり差がつかないように配慮する「落ちこぼれの出ない教育」が重視される日本の教育風土も、集団の和を重んじる風潮も、母性原理のなせるわざと見ることができる。

習熟度別のクラス編成の方が、個人の能力に応じた教育ができるから、個人にとってメリットがあると考えるのは、父性原理に基づく発想である。
日本では、習熟度クラス編成などしたら、下のクラスに入れられた子供たちが劣等感を持つからかわいそうといった反応が出たりするが、これは母性原理に基づく発想と言える。

母性原理が支配する場では、同じ場に属するメンバーはみんな仲間であり、同じような扱いを受けるべきといった感覚が強い。
良い面としては和気あいあいとした仲間意識が醸し出され、支え合いが起こりやすいが、悪い面としてはだれかが突出することを嫌うため、足の引っ張り合いが起こりやすい。

政治・経済のグローバル化が急速に進行している今日、組織の競争力を高めたり、個人の能力開発を強化したりする必要があり、能力主義・成果主義を取り入れないわけにはいかない。
だが、それを前面に出しすぎると、見捨てられたような気がしてやる気をなくすというのが、母性原理に基づく発想であり、現在の日本にはそうした雰囲気が漂っている気がしてならない。

終身雇用も年功序列も大きく揺らぎ、能力や成果による選別が行われるようになった。
そうしなければ国際競争に勝つことはできない。

それはわかるが、周りが何でもお膳立てをしてくれるのが当然という文化的風土で暮らしてきたのに、いきなり自己責任で這い上がれと言われても困る。
そんな感じだろうか。

日本文化の底流に深く根づいていてる母性原理に父性原理をどのように調合していくかが、非常に深刻な課題になっているといってよいだろう。
人間は本能の壊れた動物といわれるが、わが子を強く鍛えて社会に送り出す父性の機能は、教育的配慮によって行われることになる。
だが、今の日本では、それをだれが担っているのだろうか。

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うーん・・・
どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「ってことは、今までのやり方だったら逆効果になっちゃうのかも・・・? ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「部下のことを何も知ろうとしなかった、理解しようとしなかったのは自分の方だったのかも・・・? (・_・;) 」
「そっかー、だからあの時・・・、申し訳ないことしちゃったよな・・・ (;´д⊂) 」
「部下への接し方とか、注意の仕方とか、指導方法とか、そーゆーことを考える前にやっておかなきゃいけないことがあったのかも・・・? (;゜Д゜) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「宇宙人だ!こんなの普通じゃない!理解不能だ・・・! ヒィィィィィー (゚ロ゚;ノ)ノ 」
「ふーん・・・、そーなんだ・・・、へぇー・・・ ( ▽|||) ヒクヒク 」
「理解するなんて絶対ムリ!もう知らねぇー! :(ノ ゜Д゜)ノ === ┻━━┻ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「親の教育がなっとらーん!学校の教育がなっとらーん! (*`θ´*) ぷんぷんっ 」
優秀な人財を採用しない人事部(総務部)が悪い!社長が悪い! (▼皿▼)=3 」
「優秀な人財を採用したのに、ちゃんと育てずに潰す上司が悪い!社長が悪い! (▼皿▼#) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「結局、甘えてるだけじゃねぇーかよー!! ( ̄皿 ̄;; 」
「イマドキの若者と来たら、ぶつぶつぶつ・・・、ワシの若い頃は、ぶつぶつぶつ・・・ o(`ω´*)o 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

えーと・・・

世の中には全く同じ人間もいなければ、全く同じ企業も存在しないでしょーし・・・
全く同じ状況というのも、ないでしょーから・・・
全面的に鵜呑みにしてしまうのは、危険だとは思いますが・・・

一理あるっちゃー、一理あるかも〜?
って感じるところも、ありません? v(^^)v

ううーむ・・・

「敵(相手)を知り、己を知れば、百戦危うからず」
とは、よく言ったもの


なのかも〜?

敵(相手)を通じて己(自分)を知る
己(自分)を通じて敵(相手)を知る
ことだってある


のかも〜???

なーんて、感じません? (^^)

また・・・

上司と部下のどっちが悪いとかって観点からじゃーなく・・・
どんなやり方がいいとか、悪いとかって観点からでもなく・・・

例えば・・・

困り事や悩みなどを相談しやすい組織と相談しにくい組織って何が違うんだろう?
自律型人材は、一方的に教えて育てる教育で育てられるんだろうか?
「自律型人材育成とは?上司や人事部が職場でできることって何だろう?」シリーズ
従業員の潜在的な能力の発掘、発揮方法って?組織力などとの関係って何だろう?
人材育成や教育を「自分ができる事」と「教えられる事」から考えてみると?
「人材育成とは?何のため?誰のため?どんな時に必要なんだろうか?」シリーズ
「研修とは?本当に役立つ社員研修や管理職研修って?組織力との関係って?」シリーズ
「知識や方法論中心の研修で育つ力、育たない力って何だろう?」シリーズ
部下が質問しない、質問したくない、質問できない原因って何だろう?
「従業員が育たない原因とは?上司と部下の間にあるギャップって何だろう?」シリーズ
「やる気、向上心、チャレンジ精神などが持てる組織ってどんな組織?」シリーズ
「生産性を上げる方法とは?生産性と効率化や合理化との関係って何?」シリーズ
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ
組織力の強化・向上、強い組織づくりって何をどうすればいいんだろう?
「海外の教育現場(共育現場)ってどんなの?自律性や主体性は育つ?」シリーズ
「グローバル人材とは何だろうか?グローバル化や国際化って?」シリーズ
「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ

などなども含めて・・・

組織として」・・・

どうしたらいいのか、何をしたらいいのか
何ができるのか、何をするべきなのか

などなどについて考えてみる


と、どーでしょう?
気づくことって、何かあるんじゃーないでしょーか? (^^)
(と、言いつつ、なーんにも気づくことがなかったらすみません・・・)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


と言う訳で、「情報(書籍等)から、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


社会に必要とされる企業、応援したくなる企業とは?いい会社って何だろう?


へ、続きまーす。(^^)/

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)





★★★ ネクストストラテジーは、三方よしの場づくり黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に、「三方よし経営」のお手伝いを行っております。(^^)/
「自律型人材育成」「自律型の組織変革」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 m(_ _)m



【追伸】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?自律性などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


posted by ネクストストラテジー at 06:45| Comment(0) | 情報(書籍等)から考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
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