2015年11月16日

おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどって誰のため?何のため?

「おもてなし」とやらとか、「ホスピタリティ」とやらとか、「サービス」とやらとか・・・
「おもてなし」と「ホスピタリティ」と「サービス」との違いがどーのとか・・・
「おもてなし」がどーだのこーだのとか、「ホスピタリティ」がどーだのこーだのとか、「サービス」がどーだのこーだのとかについて・・・

「三方よしの経営相談」や、「自律型人材育成」「組織力の強化や向上」「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」のお手伝いを行なっているせいか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるせいか・・・
日本を含む世界各国の方々への、自律型人材育成(自律型人財育成)のお手伝い経験があるせいか・・・

いろんな声をお聞きする機会があるんですが・・・
んでもって、いろんな意味で考えさせられるコトもあるんですけど・・・
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン

コレって、もしかしたら・・・

「人材育成などの方法論に振り回される前に考えておきたい事って何だろう?」シリーズ
「おすすめの方法やいい方法、手法に頼ったり探したりする理由って何だろう?」シリーズ
人間にしかできないこと、コンピュータにできること、できないことって何だろう?
英語などの外国語の知識があってもコミュニケーションがとれない原因って?
「グローバル人材とは何だろうか?グローバル化や国際化って?」シリーズ
「日本と世界のインフラ事情などから気づく、強みや弱みって何だろう?」シリーズ
「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ
「人材採用とは?従業員を雇用するのは何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「強い組織の作り方とは?強い組織か弱い組織かの判断基準って何だろう?」シリーズ
「組織じゃないとできないこと、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするのかも〜???
なーんて、感じたので・・・

そもそもの話・・・

「おもてなし」って、いったい何なんだろーか?
「ホスピタリティ」って、いったい何なんだろーか?
「サービス」って、いったい何なんだろーか?

何のために、「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらを行うんだろーか?
誰のために、「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらを行うんだろーか?

どんな「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらが嬉しいって、誰がどんな基準でどう決めるんだろーか?
どんな「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらだと嬉しくないって、誰がどんな基準でどう決めるんだろーか?

などなどについて・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ おもてなしとは?
はてなキーワード
客を歓待すること。客の世話をすること。


ウィキペディア
おもてなしとは客に対して心のこもった待遇や歓待やサービスをすることを言う。
「もてなし」に「お」をつけて、丁寧にした言い方である。


■ 持て成しとは?
goo辞書
1. 客への対応のしかた。待遇。
2. 食事や茶菓のごちそう。饗応。「茶菓の―を受ける」
3. 身に備わったものごし。身のこなし。
4. とりはからい。処置。取り扱い。


Weblio辞書
@ 客に対する扱い。待遇
A 客に出す御馳走。接待
B 人や物事に対する振る舞い方。態度
C 物事に対する扱い。とりはからい。処置


「おもてなし」の語源
1. 「もてなす」の丁寧語
言葉の通り、「客をもてなす」の「もてなす」からきています。
「もてなす」の語源とは、「モノを持って成し遂げる」からきており、お客様に応対する扱い・待遇のことを指します。
ここでいう「モノ」とは、目に見える物体と目に見えない事象の2つを示します。

2. 「表裏無し」
字の如く、表裏がない心でお客様を迎えるということです。

以上の2つが合わさって、一般的に「おもてなし」の語源とされています。


■ ホスピタリティとは?
goo辞書
心のこもったもてなし。手厚いもてなし。
歓待。また、歓待の精神。


exBuzzwords
ホスピタリティとは、おもてなしの心、また、その程度、という意味で用いられる。
サービスのよさを評価する際に用いられる。


■ サービスとは?
Weblio辞書
@ 相手のために気を配って尽くすこと
A 品物を売るとき,値引きをしたり景品をつけたりして,客の便宜を図ること


goo辞書
1. 人のために力を尽くすこと。奉仕
2. 商売で、客をもてなすこと。また、顧客のためになされる種々の奉仕
3. 商売で、値引きしたり、おまけをつけたりすること
4. 運輸・通信・商業など、物質的財貨を生産する過程以外で機能する労働。用役。役務


ウィキペディア
サービスは、経済用語において、売買した後にモノが残らず、効用や満足などを提供する、形のない財のことである。


m-Words
無形のもので、消費者に対して利便性や肉体的、心理的な満足感を与えるもの。
奉仕や用役など多様な意味を持ち広く使われている言葉であるが、サービス製品と付帯サービスの二つに大別できる。

サービス製品とは、そのサービスの機能や行為自体が経済的取引の対象となるもので、ホテルへの宿泊などが例として挙げられる。
付帯サービスとは返品や配達など、製品の提供を補助する機能や行為のことである。

サービスの特徴としては形のない無形財であること、生産と消費が時間的にも場所的にも切り離せずに提供と消費が同時に行われること、その価値が主に顧客の主観により変わること、保存できないことなどがある。


ニコニコ大百科
サービス(service)とは、ラテン語の「servus」という語源になっており、これは「奴隷」を意味する。

現在の英単語として「service」と言った場合は「誰かに尽くすこと」、「奉仕」 、「貢献」、「供給」、「(スポーツで)球を初めに供給すること」、「役に立つこと」、「サービス業」なども意味する。

日本において「サービス」と言えば「形が無い売り物」、「お金を出した人が得になるような行動」、「役務」など意味する。
また以下の意味でも使われる。
(英単語の使い方とかぶる部分もある)

・非常に安い商品、無料の物(例:サービス価格、サービス商品)
・奉仕活動
・おまけのこと
・お得になるような何か
・球技で初めに球を打つ事。
・コンピュターネットワークで情報処理をしているプログラム


■ 奉仕とは?
goo辞書
1. 神仏・主君・師などに、つつしんでつかえること
2. 利害を離れて国家や社会などのために尽くすこと
3. 商人が品物を安く売ること

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどって誰のため?何のためなんだろう?(動画1)
おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどって誰のため?何のためなんだろう?(動画2)
おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどって誰のため?何のためなんだろう?(動画3)

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んでもって・・・

例えば、こんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「「サービス」の常識」
商品の出所をたどっていくと、化粧品でも靴でも食品でも同じところで作っている例が数多くある。
つまり商品もサービスもどんどん「同質化」「類似化」が進行していることを示している。

本来、戦略とは「よそとは異なったことを行う」のが本質であるにもかかわらず「戦略 = 同質化・類似化」へと向かっているのが現状である。

多くの企業で行われているのは「顧客満足度の調査」や「実態把握型のマーケティング調査」である。
物事には長所と短所があるが、この満足度調査にもいくつかの問題点がある。

まず、どの企業でも一定のパターン化されたフォーマットで行うことが多い。
満足度の点数が高いと偉い人たちは大喜びする。

「業界の平均値です」「マニュアルからはずれていません」などの台詞で逃げようとする。
これでは単に画一的にパターン化することで、自分たちが楽をしているに過ぎない。

その結果、意識的であれ無意識的にであれ、最初からよい点数が出るような調査設計をするという、本末転倒な方向に進んでしまうことが意外に多いのである。

だから、点数は毎年上昇しているにもかかわらず、業績は低迷、ないしは下降線をたどるなどという、おかしな現象が多発するのだ。

つまり、このような調査方法からは、一番大事なはずの「顧客の潜在意識の把握」「顧客のニーズ」が見えてこないのである。

クレームを嫌う企業は多い。
だから顧客のマイナス評価から逃げようとする。
それは企業の「減点主義」のためであることが多い。

「顧客は値引きが最も勝ちのあるサービスだと思っている」
「ともかく安くしなければ購入しない」

という勘違いが最近また復活している。

まともな営業・マーケティングの努力を怠り、顧客に値引きをしたり、オマケさえつけたりすれば何とかなる、ともかくそれが楽な活動であるという安易な考え方が営業習慣になってしまったのだ。

だが顧客は、サービスと値段との関係を、もっときちんと把握している。
高額でサービスが悪い場合はもちろん、たとえ安くても無料でもサービスが悪いと、顧客は評価しない。

低価格の商品・サービス開発に価値観を感じる企業と、価格が安くなければ購入しない顧客との相性はよいだろう。
全ての顧客が「無料、タダ、値引き、オマケが連動しなければ買わない」というわけではない。

「ほしい付加価値が提供され、価値に見合ったサービスが提供されるなら金額は問題にならない」という顧客も大勢存在する。
どちらか一方の顧客と関係を持つのか、あるいはその両方なのかによってサービスの在り方は異なるのである。

必要になるのは、企業と顧客の価値観が合っているかどうかの確認である。

価格はともあれ、付加価値を求める顧客に対して、企業が低価格戦略や値引き合戦に血道を上げてもすれ違いとなるだけだ。


「おもてなし至上主義」日本に違和感
実は、日本の「おもてなし」は、外国人観光客にとっては必ずしも「おもてなし」になっていない可能性があります。

重要なのは、日本の「おもてなし」が、日本人同士のものとして成立している点です。

日本社会の中で、日本人同士で行われている「おもてなし」を否定するつもりは毛頭ありません。
ただ、日本人同士がよいと思っていることを、外国人もよいと評価するとはかぎらない。

今や、日本の観光政策を語る際に必ず出てくるのが、「おもてなし」という言葉です。
もはや「おもてなし」はスローガンのように用いられているという印象すら受けます。

しかし、「おもてなしで観光立国」なんてことが、本当に可能なのでしょうか?

外国人観光客が日本にやってくるには、大変な出費が必要です。
時間もかかるので、会社も休まなくてはいけません。

「おもてなし」だけにそのような対価を払うかといえば、ちょっと考え込んでしまうのではないでしょうか。

この「おもてなし」というサービスが必須条件かというと、そうではありません。
それを証明するのが、フランスです。

フランスは約8470万人の外国人観光客が訪れる世界有数の観光大国ですが、「おもてなし」がすばらしいかというと、決してそのような評価ではありません。
むしろレベルが低いという印象で、中でもパリの人々の「おもてなし」が悪いという評判は、欧州でも非常に有名です。

また、諸外国の観光資料を分析すると、ほとんどの国がホスピタリティを自国の魅力として明記しています。

ただ、日本ほど、「おもてなし」を観光戦略の中心に据える国はありません。
ほとんどの国は上から数えて半分以下、7つ魅力を並べたらせいぜい4番目か5番目という位置づけなのです。

問題はそれだけではありません。

世界には242の国と地域があり、72億人もの人が生活しています。
国ごとに、いえ、国の中でさえ、その価値観には違いがあります。

そんな中で、日本人がよいと思う「おもてなし」が、世界中のすべての人に受け入れられ、評価されるでしょうか?

日本の「おもてなし」には特徴があります。
その最たるものは、「無償」であること。

米国のように、客に対してここまでやればこのくらいのチップを払ってもらえるのは当然だ、というような打算はありません。
さらに、客などに求められてやるというものではなく、あくまで「自主的に、自分の頭で考えて行う」というのも、特徴のひとつです。

米国では、客がサービスのよし悪しを判断してチップを支払います。
これは、サービスが悪ければそれについての対価を払わないという拒否権を、客が持っていることになります。

一方の日本は、サービスの対価は価格に含まれていますので、客にはサービスのよし悪しを価格に反映させる権利がありません。
文句を言ったり、2度と来店しない自由はありますが、価格を自主的に割り引く方法がないのです。

これは、価値観の違う外国人からすると、いいサービスを前提とした性善説に基づいているように感じられるのです。


「いらっしゃいませ!」にビビる外国人 「おもてなし」を考え直す
日本人は「おもてなし」ということを意識しますが、その「おもてなし」は、「自分がいいと思ったことをやる」という意味のおもてなしなのではないでしょうか。

しかし、「自分がいいと思ったものは、必ずしも相手もいいと思うとは限らない」わけであり、特にバックグラウンドが違う外国人にはその傾向は顕著です。

お店に入ってきたお客様に「いらっしゃいませ」と言うのは、飲食業の常識であり、日本国内のほとんどの飲食店では必ず行われています。
従業員研修でも必ず行われていることで、これを疑う人はいません。

でも、外国人のお客さんにとっては「気分が悪くなった。もう行かない」と言わせるくらい不快なものになる可能性もあるのです。

ここで言いたいことは、「いらっしゃいませ」と言うなということではありません。
「これが日本の文化か」と思って興味を持ってくれるお客さんもいるかもしれない。

楽しそうにしているお客さんが多いならそれを続ければいい。
逆に不快そうな顔をする人が多ければやめた方がいい。

常識だから。
そういう風に習ったから。
日本ではそうしているから。

で止まってしまうことが「自分勝手なおもてなし」につながってしまうのです。


逆にウザい‥?「日本の過剰サービス」は必要?必要ない?
「おもてなし」の精神あふれる日本。
日本のサービス業ではとにかく客に尽くすことをよしとする風潮がある。

日本社会は究極に利便性を追求した社会。
オンライン・ショッピングの品物は即日もしくは翌日配送がスタンダードですし、自宅のガスや電気系統といったインフラに問題が生じると、修理業者が電話一本で日曜も祝日もすぐに飛んでくる。

タクシーは、今や走るホテルのよう。
いい車を使った黒塗りが増えて乗り心地も快適になっている上、ワンメーターでもイヤな顔一つしないどころか執事並みに丁寧。

一方で、日本のサービス業の生産性が低いのは過剰サービスのためとの見方もある。

ときには過剰すぎて逆に「いらないな……」と思ってしまうこともあります。
「おもてなし」の良し悪しはお客が決めるもの。


訪日外国人はリピーターになるのか?
日本はある勘違いをしている気がしてなりません。

国も地方自治体も企業もいかに観光客にモノを売るかという発想に偏り過ぎていないか。

この数年、訪日外国人が増えているのは円安とビザの発給緩和をしているからであります。
よって、この波がひと段落すると今までの勢いはパタッと止まるはずです。

一度は行くが、二度目に来る人は何%で目的は何か、またその頻度などをよく分析しないと総訪日外国人数だけで追っていると厳しいしっぺ返しを食うことになります。

バケーションとはなにか、リゾートとは何か、という点を理解をしているのかと思います。

ディズニーはリゾートではありません。
そこに行き、ゆったりと出来ることがリゾートの最大のキーであります。

日本人はそのような楽しみ方をかつてほとんどしたことがないので概念的にわかっていないのではないでしょうか?

ディズニーランド、ラスベガスといった施設は人工的に作られたアトラクションでそこに高いお金を払い、遊びに来るというものであります。
ブロードウェイでもラスベガスでもロンドンでも当日券は特別人気があるものでなければ割と手に入ります。

東京ではコンサートのチケットは直前ではまず手に入りません。
東京に行くと慣れた者でも疲れます。

理由は迷路のようなインフラ、歩くスピード、階段なども多いし、人が溢れています。
これは休暇をとってリラックスするには程遠い状態なのです。

ニューヨークとなると街としての魅力、更にはブロードウェイミュージカルやメトロポリタン、グッケンハイム美術館を含む芸術やアートを楽しむことが出来ます。
パリを擁するフランスも観光客が年間8000万人以上訪れますが、ブランド物の買い物やフランス料理を楽しむばかりではなく、歴史的建造物や芸術とのバランスがそのキーではないでしょうか?


日本人はどうして長く夏休みをとれないのか?
8月にバカンス旅行をするならパリ以外がよいかもしれません(笑)。
7月半ばになるとパリはバカンスの始まり。
パリを出てバカンス地へ向かう人が増えてどんどん周りと連絡がとれなくなっていきます。

8月のパリなんてゴーストタウン状態。
パリジャンたちの主食であるパン屋も閉店。
マルシェの店の半分以上も閉店してしまいます。

こんな風にパリのバカンスシーズンは、アリの大群のように観光客が押し寄せる観光スポット以外、空っぽになって普段の生活に支障がでてきます。

だからみんなバカンスを取らざるを得ない状況です。
こうなったらバカンス明けの9月を待つしかありません。

最初のうちこそ私もバカンス中の機能停止っぷりにショックを受け、「一体、どうしたらいいの?」と気持ちばかり焦っていました。
いまでは逆にゆったりとした時間の流れるバカンスモードを楽しめるようになり、夏休みをとれなさすぎる日本人の働き方に違和感を覚えるほどです。

「どうして日本人はパリジャンたちのような長いバカンスがとれないのか?」という疑問がわきました。

日本を出てみた私が感じるのは、そうした環境を 日本人自身が生み出してしまっているからではないか?ということです。
そしてその原因は、異常に「質の高いサービス」が当たり前になっているからではないでしょうか。

パリでは「客は店員以下」の立場が普通です。

客より働く人の都合が尊重されるので、小銭がなければ品物を売ってもらえないこともあるし、バカンスでお店が閉まっていようと文句は言えません。

パリのいい加減で、人によってばらつきがあるサービス業にもたいがい腹をたてて疲れることも多々あるのですが、だんだん慣れてきて「まぁ、しょうがないかぁ」とあきらめられている私がいます。
働かない人が多い街では、その分自分も働かなくていいのです。

そう考えると肩の力が抜けてきて「ま、お互い人間だからね。私もほどほどでいいや〜ぁ」なんていい加減な感じになれます。

日本のサービスは本当に素晴らしい。
店員さんもていねいで一生懸命働いています。

これは「サービスを受ける側」にとって快適な面がある一方で、「サービスを提供する側」には過剰な労働がうまれ、どんなに働いても足りないという事態を生み出します。
過剰すぎてこちらが恐ろしくなるほどです。

働き過ぎて過労で死んでしまったり、仕事が続けられなくなるなんて、個人にとっても、会社にとっても、日本にとってもいいことなんてありません。
一生懸命さが効率的かどうかというと疑問に思うことも少なくありません。

一生懸命働く日本人を見てると、

「そんなに働かなくたって、別にそう困ることはないはず!働かないことにも慣れましょうよ」

と声をかけたくなるのです。

しかも、働いている本人たちは習慣化されていて、それが良いか悪いかなんてことすら感じる暇がないようです。

まずは部下を持つ先輩、上司のみなさん。
今年の夏は思い切って多めに夏休みをとってみてはいかがでしょうか?

そうすれば、みんな休みがとれるはずです。
交代で休みさえすればいいじゃないですか。

それで本当に困る人なんて結構いないものですよ。


「サービスできないドイツ人、主張できない日本人」
ドイツには、サービスという観念がない。
店員は、店の側に立った言動を為すべきだということさえ、教えられていない。

ドイツでは、一歩外を出ると、不愉快なことが山のようにある。
この国には、サービスという観念が希薄なばかりでなく、他人の気持ちを慮ろうという習慣もない。

サービス精神の基本は、他人に喜んでもらおうとすることだから、他人の気持ちを慮る習慣のないところにサービスが根づかないのは、当たり前かもしれない。

彼らは、店員が客に対して、おかしくもないのにニコニコするのは、欺瞞だと信じている。
それどころか、イライラを客にぶつけるのは、それは人間なのだから当然許されるとも思っている。

ドイツでサービス業が発達しない理由の一つは、サービス業の位置づけの低さだと思う。

伝統的にサービス業は尊敬されない職業で、サービスを受ける人は、サービスを施す人をバカにしており、サービスを施す人はバカにされているのでふて腐れている。
そして、チャンスがあれば、こんな職業から足を洗いたいと思っている。

ただ、矛盾するようだが、ドイツ人が不親切な人たちというわけでは決してない。
たとえば、道で困っている人や、気分が悪くなった人などを見ると、助けてあげようとする気持ちは日本人よりも格段に強い。

だから、ドイツと同じくらいサービスの悪い国や、さらにサービスの悪い国、あるいは、町のあちこちでしょっちゅう喧嘩の絶えない国などからやってきた人にとっては、この国はやはり普通で、それどころか、なかなか快適な国であると思う。


「びっくり先進国ドイツ」
ドイツの個人主義は、この社会が日本ともっとも大きく異なる点である。
しかも、この国はヨーロッパの中でも、個人主義が特に強いと考えられている。

日本はチームワークとか他人への思いやり、気配り、調和が重視される社会だが、ドイツはその正反対である。

個人の意思がもっとも尊重され、他の人がどう思っても、自分の意見や気持ちを正直に言うことが、正しいと見なされる。
理屈さえ通っていれば、他人と違う行動を取ったり、大勢に逆らうような発言をしたりすることは、日本ほど問題視されない。

ドイツの商店ではサービス精神は少ないし、いやいや仕事をやっているせいか、笑顔も見せないぶっきらぼうな店員も多い。
会社でも、自分の任務さえきちんとこなしていれば、「上司や他の人がまだ働いているから、自分も残業しよう」などという配慮は全く必要ない。

気に入らないことがあると、人目を気にせずに、はっきりと口に出して文句を言う。
ヨーロッパの様々な民族の中でも、ドイツ人は「歯に衣を着せず話をする、遠慮のない民族」として知られている。

泣き寝入りをしたり、気に食わないことを我慢したりするのが、とにかく大嫌いなのだ。
思ったことを正直に言うと、a href="http://blog.next-strategy.com/article/400745351.html" target="_blank">評価される社会でもある。

一部の例外を除くと、自分の言ったことが、相手の感情にどういう影響を与えるのかについては、あまり気にしない人が多い。
感受性よりも、理屈が優先する国なのである。

だから、人から言われたことについて、いつまでもクヨクヨしていたら、この国では生きていけない。
日本に比べると精神的に疲れる社会ではある。

しかし、日本の銀行、証券業界、中央官庁などで、泣き寝入りや「触らぬ神にたたりなし」という態度を続けてきたがために、問題がかえって深刻化したケースがあったことを考えると、「おかしい」と思ったことに抗議するドイツ人気質には、評価するべき点もあると思うのだが、どうだろうか。

日本社会にはない良い面もある。

たとえばドイツでは、お年寄りや女性が大きなトランクを抱えて駅の階段を登っていると、通りすがりの人が運んであげたり、女性が乳母車を市電に載せるのを手伝ってあげたりするのを、よく見かける。
道で物乞いをしているホームレスに、お金をあげる人も目立つ。

たとえ知らない人でも、困っている人を助ける精神は、日本よりも強いような気がする。


「機械との競争」
コンピュータは、パターン認識や複雑なコミュニケーションなど、これまで人間が独占してきた領域を侵食しつつある。
コンピュータは急速にいま挙げた能力を獲得しつつある。

こうしたデジタル技術の進歩がビジネスの世界に与える影響は、誰もが目にしているはずだ。

たとえばカスタマーサービス係に代わってバーチャルアシスタントが導入され、売店やスーパーマーケットではセルフレジが普及してレジ係の需要が減りつつある。

いまや水着、金貨、サングラス、カミソリまで自動販売機で買える時代だ。
また商品情報は、店員に聞かなくても店に備えられたタッチスクリーンで入手できる。

自販機のコストは、実店舗と比べたら微々たるものだ。
こうした動きは、消費者の購買習慣を反映したものとも言える。

インターネット通販の浸透に伴い、セールスマンや店員がいないところでモノを買うことにすっかり違和感がなくなっている。

さまざまな種類の事務は自動化され、大勢の人が毎日銀行のATMや空港のチェックイン機を利用している。
最近ではコールセンター業務が次第に自動音声応答システムに置き換えられるようになった。
自動応答システムが必要な語彙をどんどん学習し、完全な文章も認識できるようになってきた。

パターン認識も複雑なコミュニケーションもいまや自動化が可能だとなれば、人間の能力でコンピュータに脅かされないものは、何があるのだろうか

人間がしかるべき比較優位を維持できるものは何だろうか。


「ワーク・シフト」
テクノロジーが進化し、グローバル化が進んだおかげで、コンピュータの操作一つで膨大な商品やサービスの質と価格を比較し、自分の好みのものを選んで買うことが当たり前になった。

もっと好ましい商品やサービスを簡単に見つけ、すぐに乗り換えられる。
努力をおこたれば、消費者はあっさりほかの企業やブランドに乗り換えてしまう。

このような時代が訪れたことは、働き方の未来に対してきわめて重い意味を持つ。

買い手が商品の乗換えをしやすくなれば、売り手としては、一人たりとも消費者を逃さず、一社たりとも顧客企業を手放さず、あらゆるチャンスをモノにし、すべてのきっかけを売上に結びつけるために、これまでに輪をかけて目の色を変えなくてはならなくなる。

私たちはますます慌しい生活を送る羽目になる。
私たちの働き方の未来を形づくる要因はすべて、暗い未来を生み出す可能性がある半面、明るい未来を生み出す可能性も秘めている。

暗い未来のシナリオが実現すれば、テクノロジーの進化にともない、私たちはいつも時間に追われ続け、バーチャル化が加速する結果、多くの人が深刻な孤独を味わうようになる。
そのうえ、グローバル化の影響により、いわゆる勝ち組と負け組の格差が拡大し、グローバルな下層階級が新たに出現する。

家族の結びつきが弱まり、消費するブランドを通じて個人の評価が決まる傾向に拍車がかかり、大企業や政府に対する信頼感がむしばまれ、先進国では人々が幸せを感じにくくなる。
地球の気温がさらに高くなり、海水面が上昇し、乏しい資源の争奪戦が激化する。

しかし、ピンチは常にチャンスと表裏一体の関係にある。

テクノロジーが進化すれば、世界の50億もの人々がインターネットを通じて結びつき、みんなで力を合わせて難しい課題に取り組む時代がやって来る可能性もある。
新しいテクノロジーのおかげで、地球上のすべての子どもが人類の叡智に触れられるようになる可能性もある。

高齢化が進んで70歳まで働くのが当たり前の時代が来れば、高齢になっても充実した人生を送れるようになるかもしれない。
社会の変化にともない、家族のあり方が大きく変わり、企業で重要な意思決定をおこなう地位に就く女性が増え、家族で父親がもっと育児に参加するようになる可能性もある。

エネルギー消費の枯渇と地球温暖化に関する懸念が高まれば、エネルギー消費の少ないライフスタイルに転換し、遠距離通勤をやめて職住接近型の生活を選び、飛行機をあまり利用しなくなれば、それも悪くはない。

つまり、私たちがどういう行動を取れば、どういう未来が訪れるかというシナリオを複数パターン描き出すことは可能だ。

どういう要素を人生で優先させたいかは、一人ひとり違う。
あなたの選択は、あなた自身のニーズに沿っておこなえばいい。


「「応援したくなる企業」の時代」
人間には一時的なよろこびや快楽を求めがちな性質がある。
その状態を目的とし、そこを重視してモノやサービスを提供すれば、たしかに生活者からもポジティブな反応を得られる可能性は高まる。
そのため、企業にも短期的な快楽を訴求できるようなモノやサービスをつくろうとしがちな傾向があった。

だが、一時的な快楽を重ねても、本質的な部分を「幸福化」することはできない。
そして、すでに生活者の多くは、そのことに気づきはじめている。

これからは、どうしたら社会が「しあわせ」になるかを考え、独自のやり方で、それを提供しようとする高い「志」が、企業に求められる時代になる。
そして、そういう姿勢を持った企業こそが生活者の共感を獲得し、長く生き残っていくことになるのではないか。


「ゼロのちから」
費用のかかった企業ブランドや広告キャンペーンは、たいてい、あまり心に残らない。
ごまかしたり、偽ったりしているものもある。

組織はこう自問しなければならない。

「私たちの組織は、ほかの同業組織とどこが違うのか」

と。

実際は、変化が必ずしもいいとは限らない。
とはいっても、盲目的に伝統に従えばいいわけではない。
組織は変化する市場に柔軟に応える必要があることは間違いない。

社会は深く考えずに新しいものや変化にとびつくこともあるが、ぶれないことが何よりも大切だ。

感情を揺さぶることはできなくても、重要なのは、現実味があることだ。
商品やサービスを、人間らしいものにすること。
その中に感情をこめること。

ここで注意しておくことがある。
企業はよく「ぶれないこと」を言い訳にして、たくさんの規則や手続きを儲けがちだ。

しかし、大切なのは、ぶれない製品やサービスを提供することであり、旧ソ連のように官僚的なやり方で社員を苦しめることではない。


「おもてなし」の心を日本のすべての会社が見習う必要はない
「おもてなし」の心は、それがサービス提供者の好意から、自発的に出るものであれば素晴らしいものだとも思う。

ただ、こういった過度の「おもてなし」の要求が、サービス提供者、つまり現場で働く労働者に過度の無理を強いているという側面も忘れてはならない。

例えば、ファストフード系牛丼屋で、店員さんに過度に偉そうな態度を取っている人を見かけたことがある。
「申し訳ございません」と謝る店員をひたすら詰る客に、思わず立ち上がって「黙れ」と言いそうになった。

店員には、料理を提供する義務はあっても、客に媚びへつらう義務はない。
金を払っている以上、何をやってもいいと思うのは間違いだ。

過剰サービスを要求することは、結果的には自分たちの首を締めることでもある。

日本人の多くは、消費者であると同時に、何らかのサービス提供者でもある。

素晴らしいサービスが破格で受けられるということは、どこかで割に合わないサービス提供を強いられている人がいるということだ。

サービスの要求水準を上げていくと、今度は自分がサービス提供者になった時に、辛い思いをすることになる。

「おもてなし」の心は素晴らしいが、「もてなせ」と命令することは避けなければならない。


「おもてなししなきゃ…」意識強まり理不尽クレームに発展
今「おもてなし」はあまりにも過剰なものになりすぎているのではないか。
誰かをもてなしたい、というよりも、“おもてなしをしなければいけない”という意識のほうが強くなっているような気がします。

そうして競い合うようにおもてなしをした結果、受ける側は“されて当然”という気持ちになり、ちょっとしたことで理不尽なクレームをつけたりするようになる。
おもてなしという言葉を武器に相手を責めるのです。

現代社会で、本当におもてなしの意味をわかっている人はどれだけいるのでしょうか。


日本の「おもてなし」への疑問
「お客様は神様です」教育されている店員さんのほとんどは「なんでも言うことを聞くのが当然」と思っているのではないでしょうか?
その姿勢が日本特有の「おもてなし」という精神を作ったのかもしれません。

しかし「本当にそれでいいのか?」と疑問に思うことが、世界をまわって帰国してから多くなったのです。

オーストラリアで働いていたとき、僕はお客さんに笑顔で「Thank you」と言われることが多くありました。
日本ではその言葉は従業員からお客さんへの一方通行で使われる印象しかなかったので、最初に言われたときは、違和感がありました。

その疑問の根源を突き詰めていくと、「Thank you」と言う背景には「対等な立場にいる」という認識があるからではないかという結論になり、自分の中ですごく納得ができました。

お互いが尊重して、人生を過ごすという意識はとても重要なことであって、人に対するリスペクトは忘れてはいけないものだと思います。

認識の違いによって、日本人である僕らが世界の国々に行ったときにやりがちなミスがあるのではないでしょうか?
それは「リスペクト」を忘れてしまい、まるで自分の立場が上であるかのように振る舞うことです。

笑顔で「ありがとう」と言うことによって生まれるコミュニケーションが、互いをhappyにしていくのだと、そんな風に感じるのです。
それはきっと、国境や人種、年齢は関係なく共通することだと思います。

第一歩として、スーパーやコンビニで買い物をしたとき、カフェでコーヒーを受け取るとき、そのような当たり前の日常の中で「笑顔になってみる」ことから始めてみてもいいのかもしれません。

「おもてなし」という日本の素晴らしき世界に誇れるカルチャーを、もっと誇れるものになるのではないでしょうか。


時給1000円のバイトが働く現場で「最高のおもてなし」は実現できるのか
低賃金で人を雇うと、不適切な人材が流入するリスクがそれだけ高まることになる。

人を安く使うのが当たり前になりすぎて、おかしくなってきている。

最低ラインに近い賃金で働くスタッフが当たり前のようにいるとなると、「最高のおもてなし」をキープするのはかなり厳しいのではないだろうか。

仕事に対してモチベーションの原動力となるのは、お金だ。
時給たった1000円で一流の接客を求められるのは辛いものがある。

直接雇用でなければ、自分の職場に愛着も湧きにくい。
これでは意識が高くなりようがないだろう。


経営者目線を押しつけ、美辞麗句でダマす
多くは、顧客にも従業員にも真摯な姿勢で臨み、いい店舗づくりのために努力されているはずだが、中には残念な店も存在する。

経営者目線を押しつけ、美辞麗句でダマす。

薄給でハードワークな現状を改善しようともせず、「夢」や「絆」「笑顔」「感謝」などといったキラキラワードでごまかしている店はブラックである。

ダメ経営者がしばしば口にする「労働基準法を守っていたら、商売にならない」は言い訳だ。

適正価格で商品とサービスを提供し、適法な労働環境を整備し、キッチリ利益を出している店は確実に存在している。

安さを求めコストパフォーマンスを重視する一方で、質やサービスを批判している消費者も、「ブラック化」を促進する遠因でもあることを忘れてはいけない。

その過剰要求に応えるために、最終的なしわ寄せが従事者に至っていることを認識しておく必要がある。


4コマ漫画が迫真すぎる
会社経営者役のウサギが、「企業経営の心得」をクライアントの人間に語っている。
クライアントは、ウサギの経営者にこう質問している。

「おたくの会社のサービスは相場よりかなり安くて助かってるけど、そんなに安くて赤字にならないの?」

ウサギ社長は、「平気平気」と答え、その理由を明かす。
人間は、それほど安い人件費では人が辞めてしまわないか、と案ずるが、ウサギ社長は動じない。

さらにウサギ社長は、社員の不満を溜め込まないために、こんな方法を取っていると明かす。
「ちょっとやそっとじゃ辞めないよ!」と、ウサギ社長は笑顔で締めくくっている。

サービス残業を社員に強いる経営者からは、判を押したように

「長引く不況で、クライアントからのコストカットが厳しい
「残業代を払えば、会社が立ち行かなくなってしまう」

という言い訳を聞く。

しかし外向きには、社員の知らないところでウサギ社長のように言っていないだろうか。


「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」
「どうしたらもっとよいサービスを提供できるか」と言っていた企業が「どうしたら最も儲かる契約を取ってこられるか」と言い始めたり、「どうしたら人の命を救う薬を開発できるか」と言っていた企業が「どうしたら巨額の利益を出せる薬品を開発できるか」などと言い始めたりしたら、企業が衰退に向かっている警告のサインだ。

お金は指標のひとつにすぎない。
お金は手段にしてもよいが、目的にしてはならない。

お金が目的になってしまうと、価値を付加することがおろそかになり、やがて会社が滅びることになりかねない。

多くのビジネス問題の根本的な原因は、ビジネスとは「人」であることを見失い、ビジネス問題とそのソリューション(解決策)について間違った思い込みを持ってしまうことだ。

「数値目標やインセンティブ報酬はかえって逆効果で、社員が悪い行為に走る可能性がある」と指摘すると、こんな反応が返ってくる。
「ほかにどうやって社員にプレッシャーをかけてがんばらせる方法がある?」

いったいなぜ社員を追い詰める必要があるのか?


「現場力復権」
日本企業がもつ「現場力」は独自の優位性の源泉であり、「日本の宝」だと断言できる。

与えられたこと、決められたことをルーティン業務としてこなすだけでなく、現場自らが能動的に改善や改良をおこない、問題解決を進めるのは、世界的に見ても類がない。

日本人はあまり自覚していないし、当たり前だと思っているが、日本の現場がもっている高い当事者意識、チームワーク、問題解決能力は、たんなる日本人の特性ではなく、経営における競走上の優位性として捉えるべきなのである。

しかし、日本企業の屋台骨であるべきこの現場力に、企業間の「格差」が生じている。
品質の劣化、コスト競争力の低下、安全の軽視、サービスの低下、さらには不祥事の発生など、現場力の劣化を起因とする問題は、間違いなく増加傾向にある。

そしてそれが、企業の業績の低迷にもつながっているのだ。

安直に目先の人件費を下げたり、業務を過度に分断させていたままでは、当事者意識は高まるどころか、劣化・喪失につながってしまう。

組織能力の基盤となるのが現場力である。
戦略を実行する主体は、あくまでも現場である。


「経営者の手帳」
好不況を問わず、業績が低迷すると、経営者は企業の人件費を削減するため、非正規社員のリストラに踏み切る。
それでもペイしない場合には、正規社員へのリストラを実施する。

いの一番に犠牲になるのは、いつも高齢者や障害者、派遣社員、パートなどの非正規社員や一般社員だ。
好況時、あれだけ油まみれ、汗まみれになって頑張ってくれた社員たちを、紙切れ一枚でお払い箱にする。

それが再び好況になると、何事もなかったかのように「また来てください」としたり顔で言う。
材料ではあるまいし、こうした理不尽なことを定期的にやられる社員に、どうしてその組織への忠誠心、愛社心が生まれるだろう?

かろうじて残った社員の心も、決して穏やかではない。

今回のリストラから逃れることができたとしても、「いつの日か自分も」と考えるからだ。
それに、チームのメンバーとして一緒に頑張ってきた仲間のリストラを見るのはつらい。

会社に不信感をもった社員が、顧客に感動を与えるような商品・サービスを創造・提案できるものだろうか?

むしろ離職が増大していくだろう。
そのような企業はやがて、もぬけの殻になる。

感動と価値創造し市場に提案する人財がいたからこそ、好業績(好況)になったのであり、逆に不足していたからこそ、低業績(不況)になってしまったのである。

社員やa href="http://blog.next-strategy.com/article/285028268.html" target="_blank">下請企業、顧客や地域住民の犠牲の上に成り立っているような企業が多い。
一般社員や契約社員への冷たいリストラ、縁の下の力持ち的存在でもある下請企業への理不尽な大幅コストダウン要求などがその表れである。

こうした、正しくない経営が長続きするはずはない。


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あ、そうそう。

一見、「おもてなし」などとは何の関係もないように見えるかもしれないけど・・・
「おもてなし」などがどーのこーのってコトを考える上で、意外と盲点になっているかもしれないし・・・

日本人でありながら、「おもてなし」の国である日本が実はどーゆー状況か全く知らないって人もいるだろーし・・・
こーゆーコトを知らずに、「おもてなし」などについて考えるのもどーかと思うし・・・
日本人として、知っておいて決してソンしないと思うので・・・

例えば、こんなのからも考えてみるのはどーでしょう?
( ̄  ̄;)


日本の難民認定基準、知ってます?
みなさんが、難民の積極的な受け入れに反対でも賛成でもいいです。
でもね、「自分の国は、こういう基準で難民認定をしているのだ」ってことくらいは、知っておいたほうがいいかも。

日本の難民認定数、そしてその認定率は、他の先進国と比べあまりに少なく低いんです。
「なんで日本だけこんなに認定率が低いのよ?」ってことで調べてみたのが、法務省が出してる「難民認定の事例集」です。

日本の難民認定基準では、監禁されたり拷問を受けたり、家を爆撃されたり家族が脅迫されても、迫害主体が「本国政府」じゃないと難民として認定されないんです。

わかりやすく言えば、シリアにおいて政権に迫害されてる人は条件を満たすけど、IS や反政府勢力に迫害されてる人は難民としては認められないってことです。

もちろんシーア派の人がスンニ派の人に迫害されてもダメです。
それは「政府による迫害」じゃないから。

「申請者の供述には・・・看過しがたい変遷や齟齬が認められる」というパターンも多かったですね。
命からがら逃げてきた外国で、すべての証拠を揃えて日本語に訳し、その資料と齟齬のないようきちんと論理立てて話す。
そういうことができないとダメなんです。

他にも、「申請者は独立活動組織の広報責任者として活動していたというが、広報責任者として当然承知しているはずの事項について客観的情報と異なる」といった不認定理由も複数ありました。

でもね。
日本の担当官って、内戦が続く国の反政府活動グループの広報担当者が「当然知ってるべきこと」をどうやって判断してるんでしょうね?

まーさか、日本の企業の広報部をイメージして「広報ならこれくらいのコトは知ってるべき」とか、そんな判断をしてるわけじゃないでしょうね??

申請者の言うことが「客観的な情報と異なる」って書いてある事例もすごく多いんだけど、アフリカや中東の紛争に関する「客観的情報」って、いったいどこから得ているの?

てか、そもそも判定を担当してる人たち、途上国や紛争国に行ったことくらいはあるんですかね?

3つめに多かったのがこの理由。
つまーり、「国が内戦でぐちゃぐちゃになってるから逃げ出してきた!」では難民とは認められないんです。

本人がなんらか政治的な主張をし、それを理由として本国政府から迫害されないとダメなの。
反政府活動をしてる人のうち、リーダーなど主要なメンバーじゃなければ難民として認めない。

ちなみに弾圧する側は、普通、目立つリーダーを殺したりはしません。
たとえばミャンマーでは、スーチー女史は、軟禁はされても命は奪われない。

だから、もしそういうレベルのリーダー以外は難民として認めないと言うのなら、ものすごく狭い範囲の活動家しか難民とは認められない。

ちなみに戦前の日本だって、公安警察は共産主義者や戦争反対論者を片っ端から捕まえて投獄し、拷問して殺しちゃってます。

でも、拷問で命を落とした彼らの多くだって、歴史に名を残すこともない“一般メンバー”でした。
そういう人が逃げてきても「リーダーじゃないから保護する必要はない」ってこと?

どう、この基準?
これが“おもてなし”の国、日本の難民保護の基準なんです。

まさかみなさん、日本は世界から「すばらしい“おもてなし”の国」だと思われてるなんて、信じてないですよね?
そんなコト思ってるのは日本人だけですよ。

てか、金を払ってくれる人だけを歓迎するなんて日本語的にも“おもてなし”とは言えないでしょ。


なぜ日本は難民をほとんど受け入れないのか
日本では、認められるのはわずか0.2%。
しかも判断を待つ間の扱いは過酷だ。

BBCの東京特派員が動画で報告する。


トラブル絶えない入管収容所、海外からも厳しい視線
「非常に不健康な収容の仕方であるのは間違いない」
東日本入国管理センターで被収容者を診察している精神科医は収容施設の環境について、こう語る。

日本の現状は国際的にみても先進的とは言い難い。

アムネスティー・インターナショナルは、日本は被収容者の人権より、彼らを管理しやすいシステムにすることが重視されている。

「他の国からすれば、刑務所と同様な扱いだと批判をされかねない」

一方、監視役を務めるべき視察委員会が十分に機能していないという批判もある。
委員を任命する権限が法務大臣にあり、報告書作成など事務的な作業を法務省職員が行う。

収容所を視察する際は、あらかじめ決められたスケジュールで訪問し、入管職員立ち合いのもとで視察が行われることなど、「法務省の丸抱え」が公平性や独立性を損なっているとの指摘だ。

日本の入管施設を見学した英国王立刑事施設視察委員会主任査察官は日本の視察委員会について

「もっと牙(厳しい対応)が必要だ。抜き打ちでの視察や委員会の判断でレポートを公表する権限が欠けている」

と述べた。

視察委員会の運営については、米国務省が発表している各国の人権状況に関する報告書の中でも、問題点として指摘されている。
しかし、ある現役の視察委員は、視察委員会の存在意義は、収容所に対する批判をかわすための「ガス抜きにすぎない」と指摘。

法務省が視察委員会の提言を受けて医療体制を見直す可能性は低いとして、早急な事態改善が望めない厳しい実情を強調した。


入管収容所でインドシナ難民が死亡
法務省入国管理局の東日本入国管理センターで、ベトナム人男性が死亡した。
この男性は、ベトナム戦争後に日本に逃れてきたインドシナ難民の1人。

同センターでは、2014年にも2人の被収容者が死亡している。

難民申請者や不法滞在者などが収容される入管の施設では、常駐の医師がいないなど医療体制が不十分であるとして、医師や弁護士団体から改善を求める声が出されている。


「痛い、痛い」と訴えるも放置 ― 東日本入管センターで被収容者が死亡
またもや入国管理局(入管)の収容施設で死亡者が出ました。

おどろくべきことに、東日本入管センターは、叫び声をあげるほど痛がり診療を求めていたNさんを、判明しているだけで少なくとも4日間、医療的な対応をせずに放置しつづけたことになります。
なぜ、このようなむごたらしい医療放置がおこったのでしょうか?

以下、Nさんと同じブロックに収容されていた人が支援者にあてた手紙と、面会での聞き取りなどから明らかになった同センターの対応を、時系列にそってまとめたものです。

○ 18日(土)
Nさんは居室にいて「痛い、痛い」と首から肩にかけての痛みを訴えつづけ、「医者に連れて行ってくれ」と言って診療も求めたが、4日間にわたって医療的な対応はなんらなされなかった。


○ 21日(火)
同じブロックの被収容者たちがNさんから症状等を聞き取ったうえで、職員を呼んで診療を要請。
X線検査と痛み止めの処方。


○ 23日(木)
夜 Nさんはとても苦しんでいたので、同じブロックの被収容者たちが職員を呼び出した。


○ 24日(金)
朝から夕方までNさんは「痛い、痛い」とくり返し叫んでいた。
しかし、職員はこれに対応せず。

20:00ごろ それまでずっと「痛い、痛い」という声が聞こえていたのが、急に静かになった。
22:00ごろ 喫煙具の回収に来た職員が居室内のNさんに声をかけたのが他の被収容者に聞こえたが、Nさんからの応答は聞こえなかった。

22:15ごろ 職員3名がNさんの居室を開錠して様子をうかがったが、すぐに立ち去った。


○ 25日(土)
1:15ごろ 職員が居室からNさんを担架にのせて運び出し、心臓マッサージなどの処置をおこない、病院に救急搬送。

同じブロックの被収容者は、このときNさんの身体は硬直しておりすでに「遺体」であったと証言している。 2:20ごろ 搬送先病院でNさんの死亡が確認された。


友人Vさんの手記 ― 入管でのNさんの死について
以下に、亡くなったNさんの古くからの友人(Vさんとします)の手記を、Vさんご本人の承諾のもと公開します。
Vさんは、東日本入管センターに現在も収容されています。

Nさんと私は同じインドシナ難民です。
理由がなく名古屋入管に強制収容されましたが、その後、品川入管に移送されて、そして品川入管から東日本入国管理センターに来ました。

Nさんが死んだ一日前[3月23日]の夜は本人はとっても苦しんで、担当たちに来てもらうけど、「痛い痛い」と叫ぶとき、担当たちから「静かにしろ」と言われました。

とっても可哀想の死に方。
7Bブロック6人いますので、みんな全てわかります。

私たちはほとんど病人ばっかり。
パキスタン人は1年間ごはんをまったく食べてないのですが、入管たちはぜんぜん心配してなかった。

私も肝臓の病気を持ってますので、お薬下さいと願いしたけど、ここの医者さんからは、ひどい言葉を言われた。

「ここに薬はない」

入管のドクターは、どんな病気でも「大丈夫」と言います。

私たちは、こんな場所で死にたくないです。
Nさんと同じなりたくないです。

どうか、私たちに助けて下さい。
お願い致します。


「難民からまなぶ世界と日本」
難民申請者を収容する施設が、外国人収容所です。

手紙は検閲され、入管にとって不都合な内容があれば、スミ塗りされます。
面会も厳しい制限がもうけられています。

外国人収容所の各部屋には、トイレが併設されています。
部屋には窓がなく、風もとおらず、陽もあたりません。
外の景色も見られません。

そこに5人から10人の被収容者がつめこまれ、せまい空間で1日を過ごします。
これは、公衆衛生面で問題があります。
結核や下痢などの感染症が発生した場合、容易に収容所内にひろがるからです。

しかも、せっけんなどの日常生活用品は支給されず、自分で購入しなければなりません。
このような収容環境は、被収容者の心と身体を蝕んでいきます。

自殺者が年間1人から2人見られたこともあります。
自殺未遂者は30人から40人です。

たとえ病気になっても、十分な医療は受けられません。
収容所では医師は常駐しておらず交代勤務で、診察を希望しても、1ヶ月以上待たされます。

しかも、外部診療許可が出るのはまれです。
重症化しても、収容所内で放置されるか、あるいは仮放免後に緊急入院するか、そのどちらかでしかありません。

収容所の出来事は、めったに外部にもれません。
しかも強制送還されれば、暴力行為は闇に埋もれてしまいます。

このような密室性は、職員のさらなる暴力を促します。
暴力的な扱いは、強制送還時でも同じです。

難民条約および拷問禁止条約にかかげてあるノン・ルフールマン(非送還)の原則に違反する行為が、今も秘密裏に続けられています。

外国人収容所では、犯罪者のごとく扱われます。
あたかも刑事事件の罰を受けているかのようです。

収容と難民の対応に関して、国際人権機関は改善の勧告を日本政府に与えています
どの機関も同じ勧告となっています。

これは、日本政府が勧告を無視しているからにほかなりません。
日本政府は国際人権条約を守らない「不法」状態を長く続けています。

入管は「ルールを守って国際化」という標語をかかげています。
入管こそ、国際人権条約のルールを守るべきでしょう。

国際人権条約を守らずして、「国際化」はとうてい無理です。

-----


うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ〜 (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

それぞれの言葉の意味がわからなければ
気づけないこと、気がつかないこともあるけど・・・

それぞれの言葉の意味だけを見ていても
それぞれの言葉の違いだけを見ていても

気づけないこと、気がつかないこともある


んじゃーないかな〜???

なーんて、感じません? (^^)

他にも、例えば・・・

「顧客って誰のこと?どんな人や企業がお客様か考えると気づくことって?」シリーズ
見込み客を獲得するアプローチと失う売り込みの違いって何だろう?
顧客離れが起きる徴候や原因についてよく知っているのは誰なんだろう?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
不平、不満、不安って悪いことばかり?不平、不満、不安などをうまく活用する方法って?
「中小企業の信用力と個人事業主や株式会社、資本金との関係って何だろう?」シリーズ
高付加価値を生み出していると感じる組織と感じられない組織の違いって何だろう?
新規事業、新製品やサービスの考え方とは?何のため、誰のために考えるんだろう?
売上が上がらない、利益が出ない、赤字になる本当の原因って何だろう?
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ
人材育成をマーケティング・コンセプトから考えると見えることって何だろう?
思考停止を招く教育とは?従業員の主体性や向上心が育つ人材育成って?
「知識や方法論中心の研修で育つ力、育たない力って何だろう?」シリーズ
「マニュアルとは?何のため?人材育成や組織力などとの関係って何だろう?」シリーズ
人材育成や教育を「自分ができる事」と「教えられる事」から考えてみると見えることって?
「自律型人材育成とは?上司や人事部が職場でできることって何だろう?」シリーズ
自律型人材は、一方的に教えて育てる教育で育てられるんだろうか?
「経営計画を立てたり、経営方針を決めたりするのに必要なことって何だろう?」シリーズ
「視野を広げる方法とは?経営者と従業員の視点って何がどう違うんだろう?」シリーズ

などなども含めると・・・

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらを行うことって、目的なんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらを行うことって、手段なんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、理念・ビジョン・ミッションなどとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、戦略とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、方針とは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、経営計画とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、ビジネスモデルとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、経営環境の変化とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、選択と集中やトレードオフなどとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、生産性タイムマネジメントなどとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、付加価値とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、イノベーションとは、何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、成果とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、投資対効果や費用対効果などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人事制度や人事システムなどとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、終身雇用や年功序列などとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、成果主義や能力主義、実力主義などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、マーケティングとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、ニーズやウォンツとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、顧客満足度とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、価値や価値観などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、キャッチコピー、キャッチフレーズ、スローガン、標語などとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、ブランド力、ブランディング、ブランド・ロイヤルティ(ブランド・ロイヤリティ)などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、独自性や優位性、差別化競争力(国際競争力)などとは、何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、常識や慣習、習慣などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、コンプライアンスやコーポレート・ガバナンスなどとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、労働法とは何がどう関係するんだろーか?
下請けいじめとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、一貫性とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、全体最適や部分最適などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、経営資源とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人件費や人件費の削減などとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、リストラとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、利益とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、ノルマとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、資金繰りとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、債務超過や赤字などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、組織組織文化・組織風土などとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、会議やミーティング、打ち合わせ、話し合いなどとは、何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、情報共有とは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人材採用とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人手不足や人材不足などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人事異動や配置転換適材適所などとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人事評価や人事考課などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人材育成とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人材開発や能力開発などとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、教育(共育)とは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、自律や自立、自分で考えて行動する力などとは、何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、協調性主体性などとは、何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、やる気や向上心、チャレンジ精神などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、帰属意識、仲間意識、忠誠心、愛社精神などとは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、組織としての一体感や連帯感、団結力などとは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、当事者意識問題意識危機感などとは、何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、問題発見力問題解決力などとは、何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、マネジメント力リーダーシップ力などとは、何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、経営者の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、管理職の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、一般従業員の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?

「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、人事部(総務部)や営業部、製造部などの各部門の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
「おもてなし」やら「ホスピタリティ」やら「サービス」やらと、下請け企業や親会社(親事業者)などの取引先にはどんな関係があるんだろーか?

経営者の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
管理職の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
人事部(総務部)の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
一般従業員の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?

なんかについても、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお〜っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ〜♪


のかも〜???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


と言う訳で、「意味が曖昧な言葉から、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


ブラック企業とは?ブラック会社とは?会社がブラックになった原因って何だろう?


へ、続きまーす。(^^)/

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)





★★★ ネクストストラテジーは、三方よしの場づくり黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に、「三方よし経営」のお手伝いを行っております。(^^)/
「自律型人材育成」「自律型の組織変革」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 m(_ _)m



【追伸1】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?自律性などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


【追伸2】
「三方よしって、何???」
という方は、よろしければ以下のページも見てやってもらえると嬉しいです。(^^)


三方よしって、何だろう?


posted by ネクストストラテジー at 07:10| Comment(0) | 意味が曖昧な言葉から考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
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