2018年05月01日

客観的な視点で考えられる時、主観的になりがちな時との違いって?

「客観的な視点を持つのって、どーしたらいいんだろ〜??? ( ̄∧ ̄ ) 」
「もっと客観的に考えなきゃとは思うんだけど、それでもやっぱりどーも主観的に考えてしまいがちなんだよねー o( ̄_ ̄|||)o--- 」

「と言っても、いつも主観的にしか考えられないわけじゃないとは思うんだけどねー 。゚(゚^o^゚)゚。 」
「会社の数字とかだったら、いくらなんでも客観的な視点から見たり考えたりできていると思うんだけどねー ( ̄▽ ̄;)ゞ」

「どんな時には、主観的な視点しか持てなくなっちゃうものなんだろ〜??? (; ̄ェ ̄) 」
「どんな時なら、客観的な視点が持てるものなんだろ〜??? ( ̄‥ ̄;) 」

などなど・・・

「三方よしの経営相談」や、「自律型人材育成」「組織力の強化や向上」「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」のお手伝いを行なっているからか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからか・・・

このような声をお聞きすることもあるんですが・・・
んでもって、いろんな意味で考えさせられるコトもあるんですけど・・・
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン

一見、全然関係ないように思えるかもしれないけど、コレってもしかしたら・・・

会社の全体像を俯瞰すると気づく事、俯瞰しないと気づけない事って何だろう?
「自社の強みや弱み、長所や短所、状況や現状などの判断基準って?」シリーズ
「会社の方針に納得できる時、納得できない時の違いって何だろう?」シリーズ
「会社の方向性を決めるには?必要な事、必要ではない事って何だろう?」シリーズ
数字ありきに陥る原因って?数値目標の設定後、達成後に起こる事って何だろう?
「売上や利益を上げるには何をすればいい?数字から見える事見えない事って?」シリーズ
「数値データによる思考停止の原因って何だろう?数字の裏の読み方とは?」シリーズ
「簿記嫌いだからこそできる決算書(財務諸表)の見方って何だろうか?」シリーズ
「普通とは?一般的とは?当たり前とは?誰がどんな基準で決めるんだろう?」シリーズ
「外国人と話すには英語、海外では英語が必要って本当なんだろうか?」シリーズ
「英語などの外国語の知識があってもコミュニケーションがとれない原因って?」シリーズ
「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするのかも〜???
なーんて、感じたので・・・

そもそもの話・・・

客観的な視点って、いったい何なんだろーか?
主観的な視点って、いったいどーゆーことなんだろーか?

どんな時には、主観的に考えてしまいがちなんだろーか?
どんな時だったら、客観的に考えることができるんだろーか?

客観的な視点や主観的な視点のメリットって、いったい何なんだろーか?
客観的な視点や主観的な視点のデメリットって、いったい何なんだろーか?
それは、誰にとってのメリットやデメリットなんだろーか?

客観的な視点って、どんな時には必要でどんな時には必要じゃないんだろーか?
主観的な視点って、どんな時には必要でどんな時には必要じゃないんだろーか?

何のために、客観的な視点や主観的な視点から見たり考えたりする必要があるんだろーか?
誰のために、客観的な視点や主観的な視点から見たり考えたりする必要があるんだろーか?

などなどについて・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ 客観的とは?
コトバンク
1. 主観または主体を離れて独立に存在するさま
2. 特定の立場にとらわれず、物事を見たり考えたりするさま


■ 主観的とは?
コトバンク
1. 表象・判断が、個々の人間や、人間間の心理的性質に依存しているさま
2. 自分ひとりのものの見方・感じ方によっているさま

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「「応援したくなる企業」の時代」
「合理的な判断」「いちばん合理的な方法」などといい表されるときには、客観性があり、理にかなっていることを意味するが、ビジネスに確実性が求められる以上、行動に裏づけは欠かせない。

しかし、本当に数字が「理にかなっている」のかというと、じつはそうともいいきれない。

日本のビジネスの現場で数字を偏重する傾向が強いのは、高度経済成長期に、市場の変動や自社の成長を共有するために、数字によってわかりやすく単純化する必然性があったからだといわれている。
そうでなければ、めざましい変化のなかでの素早い判断は容易ではない。

つまり、もともと数字というものは、見えにくいものを単純化してわかりやすくする目的で用いられていたのだ。

だが、問題はそこからそぎ落とされてしまうものもある。
数字には、測定できるものしか表現されない。

そのため、扱いやすくはなるものの、視点が一面的になってしまいがちなのである。
さらには、わかりやすくする目的で用いられる数字は、市場の状況がシンプルであるときには機能するが、市場が複雑になってくると効果がうすれてしまいやすい。

数字を絶対視したくなるのもわからなくはないのだが、数字がすべてを表しているわけではないのだ。
そのことを忘れると、見えていないものに気づかなくなり、知らず知らずのうちに生活者の「しあわせ」という大目的を見失ってしまう。

同じようなことはマーケティングの現場にも見られる。

たとえば、アンケート調査ひとつにしても、「非常に好きですか、それとも好きですか」と質問するのと、「好きですか、やや好きですか」と質問するのとでは、回答結果がまったくちがってしまう。
好きか嫌いかを5段階で評価してもらうにしても、「どちらでもない」という選択肢を入れるか入れないかで、パーセンテージの内訳は大きくことなる。

前提をどう設定するかによって、結果が大きくちがってしまうのだ。

極端なことをいえば、定量調査やグループインタビューで、結論を誘導することも不可能ではない。
インタビューのテクニックひとつで、イエスでもノーでも意図的に回答を誘導できるのである。

つまり、客観性の代名詞のようにいわれる数字も、じつはきわめて主観的で、流動的なものなのである。
にもかかわらず、私たちはいつのまにか数字を絶対視し、文字通り偏重してしまっている。

人間は頭のなかにあることのうちの5%程度しか言語化できず、残りの95%は無意識下に置かれたままになっているという。
自分の意識をすべて自覚しているわけではなく、日常的な行動のほとんどが、深層意識の中で無自覚のままおこなわれているのである。

「ニーズ」も例外ではない。
95%は無意識、つまり自覚されていない。

表面的な要望を聞き取るような調査を何度重ねても、新しい手がかりがほとんど得られないのも当然だ。
既存の定量調査などから導かれた数字データでは、本当に必要な本質的なニーズに切り込むことは難しいのである。

それなのに、会議の席などでは、こうしたかならずしも信頼性が高いとはいえない調査から導かれた数字や、言語で明示されたことを根拠にした判断が絶対的なものとして扱われる。

「なんとなく」とか、「そんな気がする」といった感覚的な意見はとてもいい出せない。
そこに95%の真実が隠されているかもしれないのに、だ。


「すみません」の国 」
欲求や価値観がものごとの見え方を左右することが、心理学実験によって実証されている。

たとえば、昼食後の満腹時の人たちと、朝食を抜いて昼食を控えた空腹時の人たちを対象に、うまそうなステーキのスライド写真を見せる実験をすると、空腹時の人たちの方がステーキが近くにあるように感じている。
また別の実験だが、さまざまな曖昧な形をスライドで見せると、空腹時の人たちの方が食べ物に見えることが多い。

あるいは、同じ人物が、5つのグループの人たちに対して、学生、実験助手、講師、助教授、教授というように別々の地位のもとに紹介され、おおよその身長を判断させるという実験がある。
各グループごとに推定された身長の平均値を算出したところ、地位が高く紹介された場合ほど、身長が高く推定されていることがわかった。

価値があると思うと大きく見えるというわけだ。

身長のような物理的なものの知覚でさえ、これほど主観的なのである。
普段の私たちのものごとの見方がいかに主観的なものであるかは、容易に想像がつくだろう。

どんなものごとも多義性をもつこと。
そして、視点によってものごとの見え方が違う、つまりものごとのもつ意味が異なること。

そうしたことをうっかり忘れると、自分だけが正しいという思い込みが頭をもたげ、自分と違った見方をする人を否定したり、攻撃したりすることになる。


「心を高める、経営を伸ばす」
正しい判断を行うには、正しい認識がなされなければなりません。
しかし、この正しく認識するということが非常に難しいのです。

なぜなら、現象というのは、ただ一つの事実しかないのですが、観察者の視点によって左右されるからです。
決して絶対的な事実だけが存在するのではありません。

現象を観察する人の、心のフィルタを通して見るだけに、主観に左右され、ただ一つしかない事実が善にも悪にもなるということを、私たちは日常経験しています。

正しい判断をするには、自らの中に指標が確立されていなければなりません。

とかく陥りがちな、常識とか慣例などを例に引いた判断行動があってはなりません。
常識や経験だけでは、新しいことに道遇した場合、どうしても解決がつかず、そのたびにうろたえることになるからです。

判断をするということは、問題を自分の中ものさしと照らし合わせて決めるということです。

しかし中には、ものさしを持ち合わせていない人を見受けます。
自分の尺度がないために、世間の常識先例、他人の助言に自らの判断を委ねてしまっているのです。

また、得手勝手なものさしを持っている人がいます。
自分にとって損か得かということが判断の基準なのです。
基準は確かに持っているのですが、利己的な判断をしてしまうのです。


「「儲ける仕組み」は社長がつくる」
経営者の存在意義を、最終責任と意思決定とするなら、現代のようにスピードアップした社会では、迅速な経営判断をし、会社の進むべき方向をいち早く指し示すことが、何よりも経営者に求められます。

そして、日々の企業活動の中から、どこに問題があるのかをすばやく見つけ、迅速に対応する必要があるのです。

例えば「売上が落ちている」という芳しくない状況に陥っているとします。
経営者ですから、今までの経験を元に、その原因はおぼろげながら分かっているでしょうが、それをデータで裏打ちすることができれば、その判断はより的確なものになるはずです。

そのような判断を行うたに、蓄積したデータを客観的に分析する必要があるのです。
原因が分かれば、それに対処する手はいくらでも打てます。

もし、同じくらいの能力を持った経営者が2人いたとしたら、武器を持った経営者に軍配が上がるのは明白です。

経営における分析とは、決して机上の理論を確立するためのものではなく、次の一手をすばやく打つためのものであるはずです。


「論理思考の「壁」を破る」
「論理的に考える」ということは、目の前にある情報・ファクトの材料から、客観的に確からしい仮説を立て、それを確認していくという、一連のプロセスを何回も重ねることである。

そして、正しい論理でつながっているストーリーができあがるのだ。

初めて取り組む課題にぶつかったとき、だれしもすぐに解決方法を考えつくわけではない。
考え込むところから始まるのはすべての人に共通したことだ。

往々にして、感情で決めたり先入観や慣習に基づいて思考停止に陥ったりすると、答えがいい加減になる。
誤った思考プロセスと判断によって結論を出していることを自覚していない場合も多々ある。

「いいかげん」な答えは客観性に乏しく、Why?(なぜ?)とSo What?(だから何だ?)の繰り返しに弱い。

一方で、確かな答えはWhy?とSo What?に強い。
問題から結論に至るまでのストーリーが正しいロジックで成り立っているからだ。

仮説を確認し、より確からしく内容をブラッシュアップする糸口を引き出すのが「検証分析」である。

仮説思考に失敗する原因としてよく見られるのが、検証分析が杜撰であるために結論をより確からしくするきっかけを失い、思考が深まっていないことだ。


「なぜ社員はやる気をなくしているのか」
「人をやる気にさせるには自発性を引き出すことが大事だ」ということを、頭の中で理解している人なら間違いなく増えてきてはいる。

ただ、自発性を引き出すのは、そう簡単ではない。
自発性を引き出そうと努力をしても、やり方を間違えるとなかなかうまくいかない。

自発性を引き出すために、なんとか対話をはじめてみようと思って努力をしても、そもそも対話というものが簡単には成立しない。

なぜ対話が成立していないのかよく観察してみると、その人は対話をしたいと主観的には思っているのだが、結局、いつも自分で答えを用意して対話の席にのぞんでしまっているからである。

答えを一緒につくっていく自信がないから、答えを用意してしまうのだ。

しかし、はじめから答えが用意されていると、対話というものは、かたちのうえでは成立しているようでも、内容としては成立していない。
双方向で話し合っているかのように見えても、答えを一緒につくっていこうとしていないのだから、それは見せかけだけの話し合いである。

答えが用意されている話し合いのことは「対話」とは呼ばない。
それは「説得」なのである。

対話とは、そもそも非常にクリエイティブなものである。
だから、そこで何かがつくり上げられていくという創造的な「場」が成立していないと、対話が生まれてているとは言えない。

答えを用意してしまうと創造的にはならないのだ。

「いちばん答えがよくわかっているのは自分だ」
「会社の方針をいちばん理解していて、状況をいちばんよくわかっているのは自分だ」
「全体をいちばんよく見ているのも自分だ」

といった前提の下に事をはじめようとすると、対話は成立しないし、自発性を引き出すこともできない。


「やりがい」とは何なのか
「やりがい」を客観的に定義することは困難だ。

「やりがい」は人の数だけ存在する。
フワッとした言葉に関する議論は、多くの場合各々の主観の表明大会になって、なんだかよくわからないところに着地して終わる。

仕事と聞けばすぐに「やりがい」と条件反射的に考えるのは、仕事というものの捉え方を歪める原因にもなりかねない。

「やりがいがある」というのは結局、「仕事に満足している」という事象の言い換えなのではないだろうか。
だったらはじめから「やりがい」なんてよく分からない言葉を使わずに、そういう聞き方をしたほうがいいのではないかと思わないでもない。

「やりがい」というのは便利な言葉で、たとえば「つらい仕事」というのも「やりがいがある仕事」と言い換えれば美しく聞こえるし、「やりがい、やりがい」と連呼することで給料が安いとか法令遵守が行き届いていないとか、そういう問題を覆い隠すことにも使うことができる。

「やりがい」について語るのは、「幸せ」について語るのと同じぐらい難しい。
「幸せ、幸せ」と言っているとあやしい新興宗教に引っかかりかねないのと同じように、「やりがい、やりがい」と言っているとブラック企業に騙されかねない。

「やりがい」という評価軸を絶対視することからの脱却が、これからの働き方を考える上では、不可欠なのだと思う。


「日本スゴイ番組」にドイツから見える違和感
数年前から、やたらと「日本スゴイ」という内容のテレビ番組を見かけるようになりました。

あまり「海外でも人気!」と言いすぎると、現実と差ができてしまうんじゃないか、と心配になってきます。

観光地としての日本には高いポテンシャルがあると思います。
しかし、日本の観光地としての魅力を伝えるためには、もっと「外からの目」を客観的に認識することが必要なのではないでしょうか。

改めて外からの目で日本を見ると、日本のルールを外国人に理解してもらうための工夫が少なすぎる、日本の魅力が伝えきれていない、と思いませんか?

日本にはユニークな生活習慣やシステムがあるのに、それを楽しむ方法が外国人にちゃんと伝わっていない。
それはもったいないです。

「日本スゴイ」と国内だけで盛り上がっていてもしょうがない。

「日本を見直そう」「日本のいいところを理解しよう」という考えは理解できます。
自分の国に自信を持つことは悪いことではありません。

でもせっかくなら、それが「世界に通用するものだったらいいのにな」と思うのです。

特殊な外国人ばかり取り上げて「日本大好き」と言わせて自己満足するのではなく、

「外から日本はどう見えているのか」
「どこに需要があるのか」

を冷静に考えたほうが、日本にメリットがあるのではないでしょうか。

ドイツで日本出身者のわたしは賞賛されたか?
「日本スゴイ」と言ってもらえたか?

正直、そんなことは全然ありませんでした。
日本人だからチヤホヤしてくれる人も、日本を褒めちぎってくれる人もいません。

むしろ

「原発は大丈夫か」
「君の家族も朝から晩まで働いているのか」

と聞かれたりする。

ドイツ人からすれば、日本は極東にある遠い国、アジアの割に頑張っている国にすぎなかったのです。


「この世でいちばん大事な「カネ」の話」
何かをやりはじめたとき、誰もが最初にぶち当たる壁は、自分の実力を知らなきゃいけないってことだと思う。

ほら、鏡を見るとき、自分がいちばん気に入っている角度で、自分が思ういちばんいい表情をつくるものでしょ?
ようするにその「いい角度、いい表情」の自分だけを見て、「あたしって、ビジン〜」とうぬぼれていたというわけ。

人って、自分の現実に実力以上のゲタをはかせちゃってるものなのよ。

デッサンを繰り返すうちに見えてきたのは、これまで自分が思っていたのとはぜんぜん違う表情、ぜんぜんちがう「自分」だった。
「うっわ〜。わたしって、こんな顔だったっけ?」

角度と向きを変えると、同じものでもまったく違うふうに見える。
それを冷静に判断できるようになることを、「客観性を持つ」という。

他人と比べて、自分の何がちがっていて、どこがどう足りていないのか。
それがちゃんと自分でもわかっていないと、その先の展開も、あいまいで成り行き任せのものになってしまうからね。

どんなことであれ、「客観性を持つ」のは、人がまず自分なりのスタート地点に立つために、とても大切なこと。

とはいえ、言うは易し。
自分の実力を客観的にわかるようになるというのは、口で言うほど簡単なことではないし、時間だってかかる。

自分のダメさがわかるって、こわいもんね。
そりゃあ、誰だって逃げ出したくもなるよ。

まして、わたしは最下位だもん。
自分が情けなくって、いちいち落ち込んで、泣きたい気持ちよ、もう。

そうやってグルグル悩んでたからって、答えなんかみつかるわけがない。
それに、わたしは、逃げるわけにはいかなかった。

おーし、上等じゃないの。
こうなったら最下位だろうと何だろうと、しぶとくふんばってやる!

だいたい、最下位なら慣れてるのよ、わたしは。
それをいまさら、最下位、最下位って嘆いてて、どうするんだって話よ。

最下位の人間を、上から見下ろして、なめてもらっちゃ困るんだよ。
最下位の人間には、最下位なりの戦い方があるんだっていうの!


「まず、ルールを破れ」
たいていの人は自分の持っている本当の才能がわかっていない。
自分が選んだ分野では専門家かもしれないが、自分ならではの才能を列挙してみるという話になると、そこで話が止まってしまう。

自分自身から離れて、自分を自分自身に作り上げているパターンを見つけ出すには、並はずれた客観的視野が必要になる。

マネージャーとしては、自分がどの才能を期待しているのか正確に認識していなければならない。
これらの才能を見極めるためには、仕事の肩書きや内容のさらにその先を見通すべきだ。

どんな具体的な仕事の成果を期待するのか、そしてどの程度念入りに仕事ぶりを監督するのかをよく考えよう。
自分がマネージャーとしてはどのような人間なのか、そしてだれが自分のスタイルと相性がよいのかをよく考えよう。

自分の組織に強力な人事部門があれば、その部門が自分のマネージャーたちにその直接の部下一人ひとりの強みと弱みについての詳しいフィードバックを提供してくれる。

この場合には、一人ひとりの個性の見極めに適した人づきあいの才能、つまり一人ひとりの独自性を見極め、それを活かす能力として定義された資質を持つマネージャーを選ぶ必要はないかもしれない。

才能に妥協してはならない。
応募者の履歴書がどんなに魅力的に写っても惑わされないことだ。

才能を発掘するのがマネージャーの第一の、そして最も重要な責務だ。
優秀な才能を成果に結びつけようとするならば、すぐれたマネージャーが必要なのだ。


「プロフェッショナルの原点」
人事に関する手順は、多くはない。
しかも簡単である。

○ 仕事の内容を考える
○ 候補者を複数用意する
○ 実績から強みを知る
○ 一緒に働いたことのある者に聞く
○ 仕事の内容を理解させる

人は人の評価において客観的にはなれないことを知らなければならない。
それぞれの人が、それぞれの人に、それぞれの印象を持つ。

追従や立ち回りのうまい者が昇進するのであれば、組織そのものが業績のあがらない追従の世界となる。
人事に全力を尽くさないトップは、業績を損なうリスクを冒すだけでなく、組織そのものへの敬意を損なう。


「日本語教師のための異文化理解とコミュニケーションスキル」
先入観を持たないことは大切だとよく言われます。
相手の文化に対して前もって知識を習得とておくことが事前の思い込みにつながり、異文化理解の妨げになると感じている人もいるでしょう。

確かに事前の思い込みは現実を正しく把握することに影響を与えます。
しかし、私たちは特定の文化に対して知識がないと思っていても、すでに日常の中で習得した何らかの思い込みを持っています。
白紙の状態の人はいません。

それよりも大切なのは、相手の文化に対してできるだけ多くの知識を得た上で、同時に、自分の知識がごく限られたものであり、一般化されたものであり、現実に自分が遭遇するものとは異なる可能性があることを十分に認識することです。

この認識がないと、自分の得た限られた情報を普遍化しすぎて「ステレオタイプ」を形成してしまいます。
たとえば、「○○人は謝らない」という思い込みから、状況、条件、個人の性格などを無視した解釈をしてしまうのです。

ステレオタイプ化の落とし穴を避けるためには、まず、判断を保留して、客観的に事実を把握しようと試み、それぞれ可能な意味解釈を試み、結論を保留することです。
そして、できるだけ正確な解釈をするために、さらに情報を収集する努力を惜しまないこと。

せっかちに間違った結論を出すよりも、急がば回れで、このような配慮ある行動をとることのほうが異文化理解に役立ちます。


「現場の「知恵」が働く チームイノベーション」
組織のなかには、個人や集団の行動を縛る「思い込み」が至るところに見られる。

外部の人間からは「思い込み」にしか見えなくても、なかにいる人たちは気づかない。
疑うことすら思いつかないほど当たり前になっている場合が多い。

もしくは、気づいていたとしても、「変えられない」という思い込みによって思考にフタをしている。
「自由に発想してみよう」といっても、こうした思い込みは随所に現れて思考の壁になっていく。

たとえば「失敗は許されない」といういい方をよく聞く。
むろん大きな失敗はしないに越したことはないけれど、では、どのくらいまでの失敗なら許されるのかと、一度まともに考えてみるべきではないだろうか。

客観的に見ると、全体最適にもとづいて仕事をするのは当たり前だと思うかもしれない。
しかし、縦割り組織のなかでは、それぞれの立場や職場の役割、個人のおかれた状況によって、当たり前のことが当たり前に見えなくなってしまうことも少なくない。

組織にはびこる思い込みは、個人的な心理というより、暗黙のルールのような集団心理や圧力として働いて組織の行動を制約している場合が多い。
「会社の常識は社会の非常識」というように、その組織にとって当たり前を当たり前のまま放置ておくと、本当の問題に目が向きにくい。

もしも、ひょっとしてこれは思い込みかもしれないというものが見つかったら、ひとまず疑ってみること、場合によっては一度棚上げにして、全体を俯瞰する議論をしてみるべきだろう。

思い込みを疑い、衆知を集めて別の角度からの仮説を立てられれば、見える世界が変わってくる。

そこで組織の常識を打ち破ることができれば、せっかくの発想が殺されることはなく、それを実現するためには何をどうすればいいのか、どこで知恵を出せばいいのかというアイデアの実行段階へと進んでいける。


「新・日本の経営」
日本はきわめて豊かで、類をみないほど社会が健全な国である。
社会がこれほど洗練されている国は珍しい。

人々は誰にも強制されることもなく、礼儀正しくふるまっている。
国際政治の舞台でも、他国の政治に干渉しようとせず、武器を輸出せず、軍事力を行使すると脅すこともなく、経済支援と人道支援を世界各国に提供している。

だが他方で、日本はつねに自国を卑下している。
自国にほとんど誇りをもてないようにみえるし、世界のなかでの自国の地位に確信がもてず、自国について語るときは控えめな言葉を使い、海外では否定的に描かれることが多い。

世界には誇張のタネがきわめて多いが、日本社会には民族、宗教、階級の違いで社会対立の大きな源泉になるものはとくにない。
波風がたたないわけではなく、見方や考え方の違いはあり、対立が爆発する場合もある。

だが、社会が混乱することは少なく、抗議行動やデモは規模が小さいし、激しいものにならない。
ほぼどの指標でみても、経済と社会は異例なほど健全だ。

したがって、日本人が自国にそれほど誇りをもっていない点が、ますます不思議に思えてくる。

日本が直面している問題のうちもっとも深刻な点は、この自信のなさ、とくに若者の無気力だともいえる。
日本人はいつも将来を悲観的に、現状を否定的にみており、事実を客観的に分析すれば根拠がないことがはっきりしていても、こうした見方が根強いのがたしかな現実である。

その一因は、自分や身内について謙遜する日本の常識にあるのかもしれない。
日本語で夫か妻、子ども、自宅、仕事、国を自慢するのはむずかしく、自慢すれば奇異な印象をもたれる。

他国の人たちは逆に、外国人の前で自国を批判したり、他人の前で身内を批判したりするのをためらうのがふつうであり、たいていは自慢したがるものだ。
日本人はこうした自慢が不得意だ。

日本人が自国を否定的にみる理由がどこにあるにせよ、もっと肯定的な見方を示し、それによって日本の実情をもっと正確に描いて政策を決定していけば、利益になるだろう。

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うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ〜 (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

それぞれの言葉の意味がわからなければ
気づけないこと、気がつかないこともあるけど・・・

それぞれの言葉の意味だけを見ていても
それぞれの言葉の違いだけを見ていても

気づけないこと、気がつかないこともある


んじゃーないかな〜???

なーんて、感じません? (^^)

他にも、例えば・・・

「選択肢の広げ方や作り方とは?思い込みや方法論に走る前にできる事って?」シリーズ
現状把握ってどんな時に必要?何のため?対処方法や効果などとの関係って何だろう?
「根本的な原因とは?真因とは?今見えている問題って本当の問題?」シリーズ
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
ひとりで悩む、ひとりで考える、ひとりで抱え込む理由って何だろう?
困り事や悩みなどを相談しやすい組織と相談しにくい組織って何が違うんだろう?
部下が質問しない、質問したくない、質問できない原因って何だろう?
「やらされ感を感じる組織とやらされ感を感じない組織の違いって何?」シリーズ
「会議とは?何のため?無駄な会議と意味のある会議の違いって何だろう?」シリーズ
「組織じゃないとできないこと、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ
「強い組織の作り方とは?強い組織か弱い組織かの判断基準って何だろう?」シリーズ
「人材定着率を上げるには?社員定着率をアップしたい理由から気づく事って?」シリーズ
「属人化とは?属人化する原因って?メリットやデメリットって何だろう?」シリーズ
「IT化やシステム化、パソコン導入すれば生産性は向上するんだろうか?」シリーズ
人間にしかできないこと、コンピュータにできること、できないことって何だろう?
人材育成をマーケティング・コンセプトから考えると見えることって何だろう?
「人材育成で効果が出る事、人材育成では効果が出ない事って何だろう?」シリーズ
「人材採用とは?従業員を雇用するのは何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「経営計画を立てたり、経営方針を決めたりするのに必要なことって何だろう?」シリーズ

などなども含めると・・・

客観的な視点や主観的な視点から見たり考えたりすることって、目的なんだろーか?
客観的な視点や主観的な視点から見たり考えたりすることって、手段なんだろーか?

客観性や主観性って、理念・ビジョン・ミッションなどとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、戦略とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、方針とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、経営計画とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、経営環境の変化とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、生産性タイムマネジメントなどとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、付加価値とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、疑問とは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、アイデアとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、イノベーションとは、何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、多様性や画一性などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、常識や慣習、習慣などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、サンプルとか見本とか手本などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、事例、前例、先例、実例などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、テンプレートやフォーマット、定型文などとは、何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、成果とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、投資対効果や費用対効果などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、人事制度や人事システムなどとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、終身雇用や年功序列などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、成果主義や能力主義、実力主義などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、マーケティングとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、ニーズやウォンツとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、顧客満足度とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、ブランド力、ブランディング、ブランド・ロイヤルティ(ブランド・ロイヤリティ)などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、キャッチコピー、キャッチフレーズ、スローガン、標語などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、独自性や優位性、差別化競争力(国際競争力)などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、取引先や従業員からの信用や信頼などとは、何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、労働法とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、下請けいじめとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、一貫性とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、全体最適や部分最適などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、経営資源とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、人件費や人件費の削減などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、リストラとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、利益とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、ノルマとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、経営指標とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、助成金や補助金などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、資金繰りとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、債務超過や赤字などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、兆候や前兆、予兆などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、倒産や廃業、経営破綻などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、組織内での孤独や孤独感、疎外感、孤立などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、協力し合える組織なのか協力し合えない組織なのかとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、人事評価や人事考課などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、相対評価や絶対評価などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、権限委譲やエンパワーメント(エンパワメント)などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、報酬やインセンティブ、給料、給与、賃金などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、人材育成とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、教育(共育)とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、自律や自立、自分で考えて行動する力などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、協調性主体性自発性などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、人材、人財、人在、人罪、人済などとは、何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、やる気や向上心、チャレンジ精神などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、根性論や精神論などとは、何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、職場の人間関係とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、帰属意識、仲間意識、忠誠心、愛社精神などとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、組織としての一体感や連帯感、団結力などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、出る杭を打つ組織なのか出る杭を打たない組織なのかとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、井の中の蛙、ゆで蛙現象、組織のタコツボ化などとは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、当事者意識問題意識危機感などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、問題発見力問題解決力などとは、何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、コミュニケーションや会話コンセンサスなどとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、情報共有とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、経営に役立つ情報とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、IT(ICT)とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、マネジメント力リーダーシップ力などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、経営者意識や経営感覚などとは、何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、意識を変えることや意識が変わること、気づきなどとは、何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、経営者の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、管理職の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、役職や肩書きなどとは何がどう関係するんだろーか?
客観性や主観性って、一般従業員の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?

客観性や主観性って、人事部(総務部)や営業部、製造部などの各部門の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
客観性や主観性って、下請け企業や親会社(親事業者)などの取引先にはどんな関係があるんだろーか?

経営者の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
管理職の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
人事部(総務部)の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
一般従業員の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?

なんかについても、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお〜っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ〜♪


のかも〜???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


と言う訳で、「意味が曖昧な言葉から、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


■ ひらめきとは?直感とは?アイデアなどとの関係って何だろう?


へ、続きまーす。(^^)/
( ↑ あくまでも予定なので変更しちゃう可能性もあります、ゴメンナサイ)

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)

あ・・・、続きは気が向いた時に書く予定なので・・・
しばらく待ってやってくださいますよう、ひれ伏してお願い申し上げます(懇願)。
m(_ _)m


※「一体いつ、続きを書くんだよー(怒)!」と言ってくださる奇特な方へ※
「自分で考えて行動する「自律型人材(自律型人財)」が育つ組織って?」ブログの更新状況は、大きく分けて以下2つの方法でお知らせしておりますので、もしよろしければ使ってやっていただけると嬉しいです。m(_ _)m


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★★★ ネクストストラテジーは、三方よしの場づくり黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に、「三方よし経営」のお手伝いを行っております。(^^)/
「自律型人材育成」「自律型の組織変革」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 m(_ _)m



【追伸1】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


【追伸2】
「三方よしって、何???」
という方は、よろしければ以下のページも見てやってもらえると嬉しいです。(^^)


三方よしって、何だろう?


posted by ネクストストラテジー at 06:00| Comment(0) | 意味が曖昧な言葉から考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
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