リニューアルも兼ねてブログお引越し中です

リニューアルも兼ねてブログをお引越し中です。
詳細については、以下の記事を見てやってくらぱいませませ〜。
(⌒人⌒)

リニューアルも兼ねてブログお引越しの予告


2019年08月15日

無関心とは?関心や興味が持てる組織と持てない組織の違いって何?

「部下が何に対してもどーも無関心に感じるんですよね・・・、いちいち指示しないと自分から何もしようとしないし残業も嫌がるし、やる気がないってゆーか受身ってゆーか、同じ会社の一員なのに仲間意識がないってゆーか・・・ (・・、) 」
「上司が部下に関心を持ってくれていないみたいで、指示もロクにしてくれないし放置プレイ状態なんです・・・、これってやっぱパワハラなんですかね〜???いっそのこと辞めちゃった方がいいんですかね〜??? (;´д⊂) 」

人間関係が悪いわけでもないし、社内コミュニケーションが全くないってわけでもないんだけど、ただ淡々と目の前の仕事をしているだけってゆーか、お互いに興味がないってゆーか無関心ってゆーか・・・ (o´д`o)=3 」
「マジメに仕事してくれてはいるんだけど、仕事に対する関心が高いわけでもなさげだし、給料さえもらえりゃそれでいいやって感じなんですよ・・・ (|||▽ ) 」

「自分が勤めている会社なんだから関心や興味があるのが普通のはずなのに、お客さんに対しても同僚に対しても自社製品や自社サービスに対しても、どーしてこう無関心なんだろ〜??? o( ̄_ ̄|||)o--- 」
「無関心だから疑問も持ってくれないのかな〜?アイデアも出してくれないのかな〜?関心を持たせるには、やっぱもっと教育しないとダメなのかな〜???いい研修ってなーんかないかな〜??? (;´Д`)ノ 」

などなど・・・

このような切実な声をお聞きすることもあるんですが・・・
(;´・ω・`)

んでもって・・・

「三方よしの経営相談」「組織人事戦略(戦略的な組織づくり)」「人材育成戦略(戦略的な人材育成)」「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」などなどのお手伝いを行なっているからなのか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからなのか・・・

いろんな意味で、考えさせられるコトもあるんですけど・・・
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン

一見、全然関係ないように思えるかもしれないけど、コレってもしかしたら・・・

「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ
英語などの外国語の知識があってもコミュニケーションがとれない原因って?
「海外の教育現場(共育現場)ってどんなの?自律性や主体性は育つ?」シリーズ
「グローバル人材とは何だろうか?グローバル化や国際化って?」シリーズ
「普通とは?一般的とは?当たり前とは?誰がどんな基準で決めるんだろう?」シリーズ
病気でも出勤するのが常識、病気で休みたくても休めない原因って何だろう?
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーする面もあるのかも〜???
なーんて、感じるコトもあるので・・・

そもそもの話・・・

無関心って何なんだろーか?
関心って何なんだろーか?
興味って何なんだろーか?

どんな組織だったら、関心や興味が持てるんだろーか?
どんな組織だったら、関心や興味が持てないんだろーか?

何がどーだったら無関心ってことなんだろーか?
何に対して関心や興味があったら、無関心じゃないんだろーか?
それは、誰がどんな基準でどう判断するんだろーか?

無関心になる時って、どんな時なんだろーか?
自分が勤めている会社のことに対して無関心な人は、他のことに対しても無関心なものなんだろーか?
他のことに対しては関心や興味があるとしたら、自分が勤めている会社のことにはどーして関心や興味が持てないんだろーか?

自分が勤めている会社のことに対して、関心や興味を持つメリットやデメリットって何なんだろーか?
それは、誰にとってのメリットやデメリットなんだろーか?

無関心で困るのは誰なんだろーか?
無関心でも困らないのは誰なんだろーか?

何のために、関心や興味を持って欲しいんだろーか?
誰のために、関心や興味を持って欲しいんだろーか?

などなどについて・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/


んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ 関心とは?
goo辞書
ある物事に特に心を引かれ、注意を向けること。


Weblio辞書
物事に興味をもったり,注意を払ったりすること。
気にかけること。
ある事に対し興味を持っていて、より詳しく知ろうとする気持ち。


■ 無関心とは?
goo辞書
関心がないこと。
興味を持たないこと。
また、そのさま。


■ 興味とは?
goo辞書
1. その物事が感じさせるおもむき。おもしろみ。
2. ある対象に対する特別の関心
3. 心理学で、ある対象を価値あるものとして、主観的に選択しようとする心的傾向。教育学では、学習の動機付けの一つ

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「脳はなにかと言い訳する」
脳が情報をどういうふうに歪めているかというと、脳は自分にとって興味のあるものを好んで選択するということです。

たとえば、幼い子どもに、「日本地図を描きなさい」と言うと、たいていの子どもは、まず自分の家を大きく描き、次に近所周辺の道路を描き・・・

というようによく知っているところを異常に拡大して仕上げていきます。
結果として、日本地図は本人の興味を中心にして歪められてしまいます。

世界地図の場合も同様で、まず日本を大きく描いて、次にアメリカやロシアなど他の国々を描きます。
しかも、日本以外の国は小さく。

それはなぜかというと、自分にとって興味のあるもの、大切なものは、脳の中では非常に大きいからです。

これは、とても理にかなっています。
なぜならば「世界地図を描け」と言われて、たとえばカサブランカの街路図だけを詳しく描いた地図ができたとしても、日常の生活には役に立ちません。

自分が接している生活とインタラクション(相互作用)するのは、私たちの体であり、脳である以上、たとえ歪めてもいいから、大切なものを大きくするわけです。

ですから、その情報が自分にとって価値があれば、それに対してより強く反応する、というのは、当然のことなのです。

それゆえに私たちは日常において注意が必要になります。

そうだと思い込んでしまったら、その思い込みから逃げることができなくなってしまう不自由さ、先入観に機能が縛られてしまう危険性を伴っているということです。

逆に言えば、新しい発想、人とは違う個性とは、先入観や思い込みだけで流されてしまわないで、ほかに何か可能性がないだろうかと考えていくところから出てくるのかもしれません。


「職場いじめ ― あなたの上司はなぜキレる」
そもそも、人間は自己中心的なもので、物事を自分に都合よく判断したがるものである。

しかも、やっかいなことに、人間は自分への関心は持続的で、他人への関心は瞬間的なものになりがちである。

まして、自分の言動は分かりやすいが、他人の言動は分かりにくいことは当然である。


「未来を変えるちょっとしたヒント 」
誰でも、これから起こるかもしれない良いことや嫌なことは想像したり考えたりしたくはないものです。

関心を払って、危機感を持って、実際に解決に向けて動いている人や組織がほんの一握りしか存在しなければ、状況が日々悪化していくのは当然のことです。

事態は悪い未来の方向に向かっているという現実を無視して、あえて考えないようにするという行為は、問題をさらに悪化させる最も手っ取り早い方法であり、同時に、その問題を手に負えなくなるまで膨張させる方法なのです。

物事や事態が悪い方向に進行していることに気づいているにもかかわらず、それらには注意を向けずに、目の前の楽しいことや楽なことのほうにだけ関心を向けていると、当初は小さかった問題が、やがて何十倍もの大問題になって襲いかかってきます。

未来の悪い状況が想像されうる時に、そのような状況が起こることを考えるのを意識的に停止することは、その悪い状況を、予想通りかそれ以上に悪い状態で実現させてしまう最大の推進力以外の何物でもありません。

現状に甘んじて未来をあえて見ないようにする姿勢は、いったいどこから来るのでしょうか。

私たちは日々、時間に追われて忙しい生活を送っています。
時間が足りないと感じる状態を「忙しい」という言葉で表しています。

このような状況の中で、人々の心の中に芽生えているのは、「今、この瞬間さえ良ければ、それでベストではないか」という思いでしょう。

そして、「今、この瞬間さえ」という思いは、同時に、「未来のことは、今は考えたくない」という思いの反映でもあります。


「「上から目線」の構造」
最近の若者が他人に関心がないということはないのではないか。
人からどう見られるかを気にしすぎるくらいなのだから、むしろ他人に関心がありすぎるのではないか。

そんな疑問を口にする人がいた。
だが、それは違うと思うのだ。

人からどう見られるかを気にするというのは、あくまでも自分自身への関心だ。
自己愛の視線を相手を通して自分に向けているにすぎない。

相手そのものなど眼中にないのだ。
人の目に自分がどう映っているかが気になるだけで、他人そのものに関心が向いているわけではない。

人から向けられる視線が気になる心理。
自分が人に向ける視線が相手からどう受け止められるかが気になる心理。

それは、相手との関係によって形を変えていかなければならない日本的自己のあり方と深く関係している。

私たちの自己は、相手から独立したものではなく、相手との相互依存に基づくものであり、間柄によって形が変わる。
ゆえに、相手との間柄がどうなっているかに過敏にならざるを得ない。
「だれが何と言おうと、私は私だ」などと開き直ることはできない。

「私」は「相手」にとっての「あなた」の要素をちゃんと盛り込んでおかないといけないのだ。
だから、相手の視線に過敏にならざるを得ない。


「自分の小さな「箱」から脱出する方法」
相手のために何かをしてあげなくてはと感じていたが、その感情に抵抗した。
こうして自分の感情に逆らったことによって、関心は自分自身に移り、相手のことを手助けするに値しない人間だと見なすようになった。

自己欺瞞、つまり箱は、自分の感情に積極的に背くことによって自身が作り出し、維持しているものなんだ。

自分をなんとかすることで箱の外に出ようとしても、無駄なんだ。
箱の中にいるときに考えたり感じたりすることは、すべて箱によるまやかしにすぎないんだからね。

自分への裏切りについて、もうひとつ知っておかねばならないことがある。

人は、さまざまな人やグループに対して、箱の外にいることもあれば、中にいることもある。
日常生活の中では、実にたくさんの人々と関わる。
だから、相手によって、こちらが箱に入っている時間が長かったり短かったりと、差がでてくる。

しかしいずれにしても、人は箱の中にいながら、同時に箱の外にもいられる。
ここがポイントなんだ。

誰それに対しては箱の中にいて、誰それに対しては箱の外にいるといった具合にね。
これをうまく利用すれば、やっかいな場面でも、箱の外に出ていることが可能になる。

箱の中にいる人間がいくら箱から出ようとあがいても、どうにもならないわけだが、その一方で、箱の外に出た形の人間関係がひとつでもあれば、箱の中にいる時間を減らしたり、箱の中に入ったままだった関係を修正したり、いろいろなことができる。

日常生活では、こんなことは絶えず起こっている。
たいていは、すぐに忘れてしまうようなごく些細なことなんだが。

いいかい、いったん箱に入ってしまうと、相手をひどい奴だと責めている自分を正当化するためにも、実際に相手がひどい奴であってくれなくては困ることになる。
箱の中にいる限り、問題が必要だからね。

そして、こちらが箱の中に留まり続ける限り、相手はひどい奴であり続ける。
こちらが責めれば責めるほど、相手は責められるようなことをするわけだ。

相手が箱に入っていることを責めたりせずに、しかも相手の箱の存在に気づけたなら、そのほうがずっといいと思わないか。

結局のところ、こちらもときには箱の中に入ってしまうわけだから、箱の中にいるということがどういうものか、感覚的にわかっている。
さらに、箱の外にいさえすれば、箱の中にいるのがどういうことか、頭でも理解できる。

それに、こっちが箱から出てしまえば、相手がひどい奴である必要はなくなり、相手をひどい奴にする必要もなくなる。
だから、つらい状況を悪化させるのではなく、よい方向に持って行くことができるようになる。


「職場は感情で変わる」
活気もないけど、不平不満もあまり聞こえてこない。
そんな感情の交流が極端に少ない職場です。

何が起きているのか聞いてみると、お互いのことがよくわからないのだと言います。
別に普通にコミュニケーションはしているし、仕事上の問題も起きているわけではないけれども、お互いが何を考えているのか、何を感じているのかわからない。

組織全体の感情共有がほとんどない、無感情に近い職場だと言えます。

情報のコミュニケーションはあるけれど、感情のコミュニケーションがない。
だから、余計なことに振り回されることはないけれど、心の交流はほとんどない。
そんな職場です。

別にお互いに関心がないわけではないし、普通に話をするけど、積極的に関わることよりも自分のやりたいことを淡々とできる環境の方が良いと思っているので、特に問題を感じているわけではありません。

確かに一見、個人にとっては居心地がいいのかもしれません。
でも、何かが起きた時に、一緒になって相談したり、解決しようという取り組みができない。

自分が壁にあたっても、発想を広げてくれる機会や仲間がそばにいない。
誰もちゃんと自分を見てくれているわけではないから、心から褒められた、認められたという実感も持てない。


“考えず、従う”姿勢が生む「国民総残業社会」
日本人の仕事に時間がかかる理由の1つには、“ハイ・コンテクスト文化”もあるね。
彼らは、言葉少なに曖昧かつ間接的な表現で、互いの考えや気持ちを察し合う傾向がある。

逆に言うと、自分の言いたいこと全てを直接的かつ論理的に相手に伝えるのが苦手ということだ。
会議を議論と決断の場にしても、ほとんどの人は発言しない形式的な会議になっちゃうだろうね。

2つ理由がある。
1つは、どうやら確固たる自分の意見を持たない人が多いらしいこと。

たぶん好奇心や参加意識が薄いか、人から意見を聞かれることが少ないから、自分のアタマで考えなくなっているのかもしれない。

2つ目は、考えがあっても、それが議論の中で他のメンバーと衝突することを避けるせい。
彼らは、衝突して人間関係が悪くなる、組織の中で自分の立場が悪くなる、組織の雰囲気が悪くなるのが怖いんだよ。

彼らの多くは、自分(個人)の考えとか信念に従って行動しない。
少なくとも会社の中ではね。

その結果、互いに理解不足で中途半端なコンセンサスが形成される。
動き出した後に、関係者と話がうまくかみ合わなかったり、人間関係がギクシャクしたり、無関心な人任せの社員が増えたりしているらしい。

心のすり合わせが大切な国で、それができなくなってくる……
日本企業の競争力の源泉だったチームワークが、崩れかけているとも言えるかもね。


日本企業のタコツボ化、「井の中の蛙」化
日本企業のタコツボ化、「井の中の蛙」化は恐ろしいほどだ。

転職の少ない日本企業は今でもほぼ純粋培養。
タコツボ化した組織で純粋培養されれば当然、誰もが金太郎飴になる。

しかも井の中の蛙
“外の世界”に関心が持てるはずがない。


コンプライアンスの問題解決に向けて
コンプライアンス関連の問題が何回も新聞で取り上げられています。

こうした会社に共通する傾向は基本的に経営に対する根深い不信感が社員の間に蔓延している、ということです。

とはいえ、社員が不信感を持っている、といっても別に会社に対して反乱をおこすつもりなど持っているわけではないのです。
これは高度成長期とは全く違う傾向でしょう。

今、こういう会社に一番多いのは実は不信感が無関心につながっている層なのです。

指示されたことはちゃんとこなす。もらっている給料分は働いています。
何かそれで問題はあるのですか?
というスタンスがこういう社員の持つ共通の特性です。

こんな状況が生まれているのは何か問題を感じても解決の方策もめどもまったく見当たらない、と多くの社員が感じているからです。
自分たちの問題を自分たちが参加することで解決する、という民主主義では当たり前の環境が欠如していることを意味しています。

ほとんどの人が何を言っても仕方がない。
言うだけ無駄、と感じているからこんな状況が起こるのです。

社員の大勢がこういう社員で占められるようになってしまいますと、コンプライアンスに抵触するような問題が発生しても、そもそも周りに関心がないから気がつく人がいないか仮にいてもきわめて少数です。

ですから、気づいた人も見て見ぬふりをしてしまいます。
かかわりになどなりたくないし、かかわりあいになって得なことなど何もない。
そもそも自分の問題ではない、と思っているのです。

本来、健全な職場では内部にこうした問題に対する抑制機能が働いているものなのです。


「人として正しいことを」
価値観を大切にする従業員と、規則を遵守する従業員の間には違いがある。

前者は「すべき」に律せられる。
彼らは価値観や信念に沿って行動し、自己統治する。
選択を迫られたときは、堅固な価値観が手引きとなる。

一方、情報に基づいて黙って従う従業員は、規則にしか関心がない。
「やってもいい」の世界に生きているのだ。

もしもお偉方が規則に従おうとしなかったら、自分の損にならないような決断をするしかない。

自分で決められなければ、それができる管理職なり上司なりに判断をあおくが、誰かが決定するまでは自分の損得勘定が前面に出ることになる。

結果として、時間や効率ばかりか、安全そのものも脅かされる。


「現場の「知恵」が働く チームイノベーション」
今の組織の多くは、「一緒に考える」「一緒に行動する」以前の問題として、お互いが知り合い、関心をもてる状態になっていない。

スケジュールに追われ、会議は増え、あっという間に一日が過ぎて、仕事が残っていても残業規制があるのでさっさと退勤しなければいけない。
そんな状況では、誰かとゆっくり会話を交わすゆとりさえないのかもしれない。

何かを考えたりやろうとする時、必要なのは気軽に相談できる相手だ。
一人で問題を抱え込んでしまうと、解決の糸口が見つからずに悶々とする。

行動も周囲の応援や協力があれば起こしやすいが、誰か協力してくれる人がいるかどうか前もってわかっていないと、初めの一歩がなかなか踏み出せない。
周りにいる人たちが、自分の意見を聞いてくれる、受け止めてくれる、せめて自分を攻撃しないとわかっていなければ、「こうしたい」「やろう」ということすらいい出しにくい。

職場に安心してものがいえる雰囲気があって、メンバー同士が気楽に話をし、一緒に考えようという関係性になっていないと、知恵は引き出されてこないのだ。

さらに、同じような問題にぶつかっているのにお互い知らないとか、似たようなことをあちこちでやっているといった明らかなムダが見えてくることもある。
みんなが自分のことで精一杯、わき目もふらずに作業に没頭して話もしない状況だと、全体どころか周りも見えなくなる。

そのことが結果として、組織の非効率を生んでいるのである。

どんなに優秀な頭脳の持ち主であっても、現状打開のための知恵というのは一人で考えて出て来るものではない。

それぞれの立場、実感にもとづく視点や考え方、経験をぶつけ合いながら、断片的な知恵を出し合ってメンバー同士で考え抜いていく相互作用の渦のなかから、ぽっかりと浮かび上がってくるのである。


「目標管理の教科書」
ヤル気は意欲と責任感との集合体。

意欲は「目標に対する興味や関心(目標の魅力)と納得感」、「仕事の面白さや自己成長の手応え」、あるいは「報酬の魅力」などがもたらす目標達成への思いであり、責任感は「自分に課せられた役割をまっとうしようとする決意」である。

アタリマエを当たり前にやり切ることほど難しいものはない。

見込み客にいくら電話をしても、アポが取れずに苦悩する。
懇切丁寧な商品説明をしたにもかかわらず、お客様から袖にされ、思わず不快な顔をする。

その態度にクレームが付き、こっぴどく叱られる。
ガックリ肩を落として会社に戻る。

そんな出来事が3日も続けば、せっかく盛り上げたヤル気も、シャボン玉がはじけるように一挙にしぼんでしまう。
それが普通の人間が抱えている弱さではないか。

そんなとき、「お前が決めた目標だから、やり切れよ!」と叱責しても始まらない。


「なぜ社員はやる気をなくしているのか」
「意識改革」なるものの研修が本当に効果をもたらしたという話を、いまだかつて聞いたことがない。

そもそも、官製談合を「誰でも知っているみんなの秘密」として当たり前のようにやっている組織で、事の本質にかかわるような話には蓋をしたまま、研修できれいごとの「あるべき論」を説教し、それをもっと「意識改革」などと称するのはあまりにも空々しい。

上から言われたから形にだけはしなくては、といった程度の熱意しか感じ取ることができなかったら、そんなことはやるだけ無駄だ。
こういう組織には担当者の熱意などではどうにもならない別次元の根深い問題が横たわっている。

このような組織で大切にされるのは中身ではなく形式だ。

会議であっても、中身はともかく、それをやったという形がまず大事なのだ。
こういう世界の中では、人間も儀式の中の道具だてのひとつになる。

内容よりも形式を重視する傾向の強い人たちは、人も道具だてのひとつとして見ているから、役職だとか肩書きに意味は見出しても、「内発的な動機」が果たす役割などには、そもそも興味すら持たない。

命令さえすれば動く「道具」が内発的動機など持つ必要性があるわけないからだ。
道具に人の情熱など、そもそも必要としないから、内発的動機など無視してもいっこうにかまわないのである。

人を、中身(たとえば、考えや意見、関心の有無)で評価するのではなく、その属性(地位や役割)で見る、という考え方を持っていると、人の内発的動機に対する関心はおのずと小さくならざるをえなくなる。

儀式としての体裁を整えることを大切にする人たちが重きを置いているのは、つねに内容よりも形式であり、事実ではなく精神論である。

そして、このような考え方、価値観が当たり前になっていることが、日本という国が今日抱えているさまざまな困難な問題を引き起こしている根源的な要因だと考えている。

事実を直視し、現実と向き合おうとしない国に未来はない。

目指す方向や方針がいかに立派につくられていても、それだけで改革が成し遂げられていくわけではない。

与えられた仕事をこなすのに精一杯で、受身になっていたり、守りに入ってしまうと、どうしても自分の役割に閉じこもりがちになる。

目の前に課題が見えても、すぐ隣で問題が生じていても、見て見ぬふりをしようとする。
下手に手を出したりすると、忙しさで身動きできなくなってしまう恐れがあることを十分に承知しているからだ。

立場や役割を超えて仕事がしやすい環境というのは、失敗しても、それが前向きの失敗ならば許容される雰囲気や、困ったときに誰かが必ず手を差し伸べてくれる空気のある環境だ。

しかし、そうした経験を入社以来一度もしたことがない人もいて、そういう人は困ったときに周りが手を差し伸べてくれるという状況を想像すらできない。

立場や役割を超えて仕事ができないと、次々に出てくる新しい課題も処理できないままで放置されることになり、組織は見えないところで機能不全に陥ってしまう。

さらに、下から見ると、上が(すなわち幹部クラスが)それぞれバラバラに仕事をしている、という構図も実によくあるケースだ。

なぜなら、幹部はそれぞれ自分の部門ではトップだから、幹部どうしてかかわり合うより、自分の組織の中に安住しているほうが居心地はいいからだ。

幹部どうしは、相互不可侵条約を結んで、表面上は仲良くする、言うべきことがあっても自分を抑え、余計なことは言わずに、必要最小限の情報交換ですませている。

表面上はうまくいっているのだが、その実、大事なことで意思が統一されていないままだったりするから、下がひどく迷惑するケースが多い。

組織が大きくなればなるほど、組織の長の目は自分の組織だけにいきがちである。
多くの場合、それは部や課の単位でもしばしば見られる。


「逃げる中高年、欲望のない若者たち」
わたしたちの社会で流行する言葉は、ある事実や状況を正確に表現するというものではなく、ミもフタもないリアルな現実を覆い隠すためにある場合が多い。

肉食系・草食系という言葉は「社会・個人の欲望の退化」を結果的に隠蔽するために考案され流通したのだと思う。
これから何をどうすればいいのかわからない、という社会・個人にとって、とても使い心地のいい言葉なのである。

若者の車離れの原因はひとつではない。

もっとも大きいのは、多くの若者が貧乏で最初から車を買うのをあきらめていてそもそも興味がない、という理由ではないだろうか。
車を買うという実感もイメージもない。

若者の海外旅行離れも進行中らしい。

彼らの8割はパスポートを持っていなかった。
別に海外に行きたいと思わないし、空港が遠くてかったるい、と彼らは言った。

飢えから脱したいという欲望は素朴なもので、実際に飢えから脱してしまうと消滅してしまう。
単にそれだけの話で、若者たちがだらしないわけでも無能なわけでもない。


「パラダイス鎖国」
国際競争力の低下という危機がひたひたと迫っているのに、清潔で安全な社会に住み慣れた日本人は海外に対する興味を失っているように見える。

いまや日本人が海外に行く必要などすでにない。
アメリカでもヨーロッパでも、日本ではしなくてよいスリや置き引きの心配をさせられる。

関税が下がったり円が高くなったりして、輸入品はすっかり安くなり、わざわざ海外まで行かなくとも欲しいものには手が届く。
海外の情報はインターネットで簡単に入手できる。

それになんといっても日本はどこに言っても清潔だ。
欧米諸国ですら、清潔さでは日本にかなわないのだから、途上国に行くには相当の覚悟がいる。
お腹をこわす危険性も加わる。

その上、これまで国際テロがなかった国ですらその標的となり、海外旅行にはテロや戦争の心配まで加わってしまった。

商売として、海外に出るリスクと期待できる成果評価する場合、あるいは個人としてどういう生き方をするかという場合も、「日本にいたほうがいい」となったり、あるいは最初から「海外に出る」という考えすら浮かばなかったりしたとしても、不思議ではない。

「ジャパン・ブランドを守らなければならない」
「新しいグローバル化の公式を見つけなければならない」
「若者よ、海外を目指せ!」

と言いたくなるのもわかるが、叱咤激励されても当の若者は、

「なぜ、そんなことをする必要があるの?」

と答えるだろう。

それだけではインセンティブにはならない。

日本が豊かな先進国になって、海外への憧れがなくなったのは、効しがたい時代の流れである。
また、日本を代表する企業が新しいグローバル化の公式を見つけられないというのも、時代の流れである。

こうした状況のために企業のインセンティブ・システムが混乱をきたし、「リスクや苦労を負ってでも海外で仕事をしたい」と思う若い人が減っているとしたら、若い人たち自身を責めることはできない。

産業のコスト構造と、産業のコスト構造と、海外事業のビジネスモデルは、ガッツや根性だけで変えられるものではない。

多様な方向性を持った人々にとって「世界」は、たくさんの新しい創造的な出会いのチャンスを与えてくれる舞台である。
グローバルな足場を持てば、それだけ選択肢が増える。

従来の典型的なグローバルビジネスだけでなく、いろいろな職業や商売にチャンスが増えている。
いままで物理的に外国に行けないために、世界と縁がなかった人でも、バーチャルに海外とのクラスター化活動ができる。

多くの日本人が、もうそれに気づいている。

一方で、グローバル化できる下地を十分持っていても、あえて日本の中にとどまる選択をする人もいるだろう。

日本だけにしかない分野を専門にするとか、日本にいることで自分の強みを活かす戦略であれば、それはそれでよい。
これも、多様性のひとつだ。

ただ、わかっていてとどまることを選ぶことと、知らないままその状態にとどまることとは、意味合いが違う。

一番危険な点は、外部への興味を自らシャットアウトすることで、外の世界の情報と隔絶され、バランス感覚をなくすことだ。

その結果、自信を失って「引きこもり」になったり、極端に国粋主義に走ったりすることがありうる。


「サービスできないドイツ人、主張できない日本人」
ドイツ人と日本人に限って言うなら、金銭感覚にはかなり大きな開きがある。

ひとことで言うなら、ドイツ人は後に残るもの、また、減価償却期間の長いものには、それがかなり高価であってもお金を出すが、サービスや、すぐに消えてなくなるものには、たとえ安価であっても出し渋るという傾向がある。

だから、駐車場の料金は出したくないし、食事も押し並べて質素だ。
どうせ食べればなくなるのだから、お腹がいっぱいになるなら別に安いものでもいいと考える。
食にはもともとそれほど興味もない。

ただし、これはと思ったものには、ドーンと大金を払う。
そして、その用途が、日本人にはとても理解できない代物だ。

たとえばドイツ人は、少しだけ煤けた家の外壁を全部塗り替えたり、まだ新しい居間を、壁から家具まで一気にリニューアルしたりする。
ドイツでは人件費が高いうえ、消費税が高いので、外壁を塗り替えれば、もちろん大変な出費だ。

フランスやイタリアは日本と似ていて、家の外観にはあまりこだわっている様子がない。
つまり、そういう意味では、ドイツ人はケチではない。

何をもったいないと思うかというところが、日本人と完璧に食い違っているのだろう。
だから、当然のことながら、日本人は概して、ドイツ人が無駄だと思うところにばかり重点的にお金を使うことになる。

たとえば、お中元やお歳暮をはじめ各種進物、冠婚葬祭の出費は大きいし、食べ歩きも大好き。
ブランド物に惜しげもなく手を出すし、ひとたび旅行に出れば、「何かおみやげが必要」という理由だけで、精力的に無駄なものを買い漁る。

ドイツ人の持ってくるプレゼントは、お金があってもなくても、日本人から見ると極端に安価なものが多い。
ドイツ人は、たとえば日本のお香典も、それに付随する半返しの習慣も、一生かかっても理解できないと思う。

ドイツ人と日本人のあいだの感覚の違いというのは、結構多い。
プレゼントもそうだが、食べることにかける情熱も違うし、自然に対する接し方も違う。


「やっぱり変だよ日本の営業」
結果にしか興味がない営業管理をしていると、どんな結果が生まれるでしょうか。

まず、社員は本当の情報をあげなくなります。
どうせ結果が悪いと叱られるだけですから、あげても損するだけです。

次に、管理職は怠慢になります。
根性を入れてやれば何とかなると思い込み、戦法・戦術の研究を怠り、効率悪化を放置します。

経営者は傲慢になります。
モノが売れるかどうかは営業マンのやる気次第だと信じ込んで、自社の事業や製品の社会的意味を問わなくなり、顧客の気持ちを無視してしまいます。

結果にしか興味がない営業管理をしていると、どんな企業になるのでしょうか。

まず社員は、モチベーションが下がるでしょう。
会社側は戦略、事業と仕組みについて努力しないのに、社員には犠牲を強いているからです。

次に人材が育ちません。
精神論者が増え、管理職は権威と権限にしがみつき、井の中の蛙になってしまいます。

経営者は裸の王様になります。

過去の成功を人格やカリスマ性に結びつけ、その権威を振りかざして組織を追い立て、営業現場や顧客の中で起きている小さな変化を読み取ろうとしなくなるからです。

早いか、遅いかの違いはありますが、死ぬまで一つの会社にいる人はあまりいません。
しかし、多くの企業は、基本的に社員が会社を辞めないことを前提に行われています。

戦後、日本企業は長期間にわたって高度成長を謳歌してきました。
人手不足が社会問題になり、「人手不足倒産」まで起きました。

このために社員の確保が企業の経営課題の一つとなり、社員にずっと自社で働くことを期待し、奨励しました。
つまり、「終身雇用制」は企業側の都合だったのです。
日本人の集団心理をうまく利用し、一つの企業に尽くすことを美徳とし、会社を辞めることを裏切り行為と見なすようになりました。

これは、単に長く続くことで習慣化したものにすぎません。

しかし、バブル崩壊後やリーマンショックを経て、日本を代表するような企業でさえも大量のリストラを余儀なくされている現状を見た日本人は、自分たちの会社もすでに例外ではないことに気づいてしまいました。

企業のためではなく自分や家族のために働く感覚が、今の若い人たちはもちろん、中年の人たちにも広まっています。
一つの会社にずっといることを前提とせず、もっと自分の生き方に合う企業、もっとやりがいのある企業、もっと条件のよい企業に転職していくことが、自然なことになってきています。

しかし、実際に日本企業は社員が辞める前提で運用されているのか、そのような運用ノウハウと心構えがあるかというと疑わしいのが現状ではないでしょうか。

ここで問題となるのは担当が代わると、経緯がわからなくなってしまうということです。
結局ほとんどの営業マンが、数年間の顧客情報とともに会社を離れてしまいます。

また、顧客の窓口も同様に流動します。
こちらが代わらなくても顧客側が変わることがあります。

「責任感」「モチベーション」を強調してもよいのですが、それを仕事なら何でもやると誤解すると、全体の効率が悪くなるだけです。


「日本の競争戦略」
日本企業は、何よりもまず従来の考え方や自らの行動を大きく転換する必要がある。
今、日本企業には、その経営や競争に関する新たな概念が求められている。

コスト削減だけでは、成功はおぼつかない。

経営目標を再定義した上で、競争優位をどのように創造し、それを維持するのかについて、認識を新たにすることが必要なのである。

日本がそのような根本的な変革を実施できるかどうかについては、疑問を持つ向きが日本の国内外に多数存在する。
多くの人は、現在、政府と企業を支配している世代は現状を維持することに執着する世代であると指摘する。

多くの人は、日本の過去における成功から間違った教訓を導き出してしまった。
従来の通説は、国際的に広く流布している見解によってさらに強化されてしまった。

今日の危機を乗り越えるために必要とされるものは、政府の政策における抜本的変更は言うまでもなく、日本企業のビジネスに対する考え方、行動における大幅な変革である。

変革への契機は、日本の国民自身である。
若い世代の労働者は、彼らの前の世代とは異なる指向を持っている。

文化は最も変えることが難しく、日本の変革の障害となるものは文化的要素である、と指摘する声も多く聞かれる。
「出る杭は打たれる」という集団指向の強い社会は、新しい経済モデルとは相容れないというのが、その論拠である。

今日、日本では、恐怖感からと必要性に迫られた変革が断片的に起こっている。
個々の取り組みは、国際的商習慣を採り入れることや、明らかに支障をきたしている事項に対処することを目的に行われている。

それらは対症療法にすぎない。

いまだに欠けているものは、日本が現在直面している困難の原因を包括的に理解し、日本独自の解決策を打ち出すことである。

今こそ、日本が新しい戦略に取り組むときである。
その戦略を支えるものとして、グローバル経済における政府と企業の役割について新しく、かつ、より洗練された考え方が必要である。

過去の転換点においてそうであったように、いったん日本人の心構えが変われば、日本という国は急速に変貌を遂げる潜在能力を備えた国なのである。

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うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ〜 (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

それぞれの言葉の意味がわからなければ
気づけないこと、気がつかないこともあるけど・・・

それぞれの言葉の意味だけを見ていても
それぞれの言葉の違いだけを見ていても

気づけないこと、気がつかないこともある


んじゃーないかな〜???

なーんて、感じません? (^^)

他にも、例えば・・・

「方法論や手法などに振り回される前に考えておきたい事って何だろう?」シリーズ
会社の全体像を俯瞰すると気づく事、俯瞰しないと気づけない事って何だろう?
対症療法とは?会社の現状そのものに対処しようとすると何が起こるんだろう?
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
困り事や悩みなどを相談しやすい組織と相談しにくい組織って何が違うんだろう?
ひとりで悩む、ひとりで考える、ひとりで抱え込む理由って何だろう?
「人材育成で効果が出る事、人材育成では効果が出ない事って何だろう?」シリーズ
自律型人材は、一方的に教えて育てる教育で育てられるんだろうか?
人材育成や教育を「自分ができる事」と「教えられる事」から考えてみると見えることって?
「研修とは?本当に役立つ社員研修や管理職研修を行うのに必要なことって何?」シリーズ
「知識や方法論中心の研修で育つ力、育たない力って何だろう?」シリーズ
思考停止を招く教育とは?従業員の主体性や向上心が育つ人材育成って?
部下が質問しない、質問したくない、質問できない原因って何だろう?
マニュアル人間、主体性がない、指示待ち人間になる理由って何だろう?
社長がいつも強気でパワフルで元気で前向きで楽観的に見える理由って何だろう?
部下思いのいい上司が、パワハラ上司に変わってしまった原因って何だろう?
「上司や部下がうつ病になる組織、ならない組織の違いって何だろう?」シリーズ
「従業員に危機感を持たせる、危機感を煽るメリットやデメリットって何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が辞める本当の理由、優秀な社員から辞める原因って何だろう?」シリーズ
「人材定着率を上げるには?社員定着率をアップしたい理由から気づく事って?」シリーズ
「年齢にこだわって採用するか不採用にするか決める理由って何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が見つからない、有能な人材が採用できない原因って何だろう?」シリーズ
「人材採用とは?従業員を雇用するのは何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「強い組織の作り方とは?強い組織か弱い組織かの判断基準って何だろう?」シリーズ
「組織じゃないとできないこと、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ

などなども含めると・・・

関心や興味を持たせることって、目的なんだろーか?
関心や興味を持たせることって、手段なんだろーか?

無関心なのと、理念・ビジョン・ミッションなどとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、戦略とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、方針とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、経営計画とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、ビジネスモデルとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、経営環境の変化とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、生産性タイムマネジメントなどとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、付加価値とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、アイデアとは、何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、イノベーションとは、何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、多様性や画一性などとは、何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、成果とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、投資対効果や費用対効果などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、人事制度や人事システムなどとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、終身雇用や年功序列などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、成果主義や能力主義、実力主義などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、マーケティングとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、ニーズやウォンツとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、顧客満足度とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、価値や価値観などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、独自性や優位性、差別化競争力(国際競争力)などとは、何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、取引先や従業員からの信用や信頼などとは、何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、労働法とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、ブラック企業とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、下請けいじめとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、コンプライアンス違反などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、兆候や前兆、予兆などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、一貫性とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、全体最適や部分最適などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、経営資源とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、シナジー(シナジー効果)とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、人件費や人件費の削減などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、リストラとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、利益とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、ノルマとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、助成金や補助金などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、資金繰りとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、債務超過や赤字などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、倒産や廃業、経営破綻などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、組織組織文化・組織風土などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、強い組織や弱い組織組織力現場力などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、人材採用とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、人手不足や人材不足などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、属人化とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、人事異動や配置転換適材適所などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、職務型や職能型などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、人事評価や人事考課などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、相対評価や絶対評価などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、人材育成とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、人材開発や能力開発などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、教育(共育)とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、自律や自立、自分で考えて行動する力などとは、何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、協調性主体性などとは、何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、人材、人財、人在、人罪、人済などとは、何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、職場の人間関係とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、帰属意識、仲間意識、忠誠心、愛社精神などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、組織としての一体感や連帯感、団結力などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、グローバル人材やグローバル化、国際化などとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、出る杭を打つ組織なのか出る杭を打たない組織なのかとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、井の中の蛙、ゆで蛙現象、組織のタコツボ化などとは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、当事者意識問題意識危機感などとは、何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、問題発見力問題解決力などとは、何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、コミュニケーションや会話コンセンサスなどとは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、情報共有とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、経営に役立つ情報とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、マネジメント力リーダーシップ力などとは、何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、経営者意識や経営感覚などとは、何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、経営者の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、管理職の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
無関心なのと、一般従業員の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?

無関心なのと、人事部(総務部)や営業部、製造部などの各部門の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
無関心なのと、下請け企業や親会社(親事業者)などの取引先にはどんな関係があるんだろーか?

経営者の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
管理職の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
人事部(総務部)の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
一般従業員の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?

なんかについても、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお〜っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ〜♪


のかも〜???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


ってなワケで、「組織や仕組みから、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


■ 組織形態とは?何を基準にどんな組織形態が適しているか決めるんだろう?


へ、続きまーす。(^^)/
( ↑ あくまでも予定なので変更しちゃう可能性もあります、ゴメンナサイ)

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、ゆるゆる〜っとお付き合いいただけると嬉しいです。(^^)

あ・・・、続きは気が向いた時に書く予定なので・・・
しばらく待ってやってくださいますよう、ひれ伏してお願い申し上げます(懇願)。
m(_ _)m


※「一体いつ、続きを書くんだよー(怒)!」と言ってくださる奇特な方へ※
「自分で考えて行動する「自律型人材(自律型人財)」が育つ組織って?」ブログの更新状況は、以下の方法でお知らせしておりますので、もしよろしければ使ってやっていただけると嬉しいです。m(_ _)m


「自律型人材(自律型人財)が育つ組織って?」ブログのRSS対応状況





★★★ ネクストストラテジーは、三方よし経営の黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に「三方よし経営」のお手伝いを行っております。
「戦略的な組織づくり」「戦略的な人材育成」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 (⌒人⌒)



【追伸1】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


【追伸2】
「三方よしって、何???」
という方は、よろしければ以下のページも見てやってもらえると嬉しいです。(^^)


三方よしって、何だろう?


posted by ネクストストラテジー at 05:00| Comment(0) | 組織や仕組みから考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
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