2017年07月03日

対話とは?議論とは?組織力や現場力などとの関係って何だろう?

「対話」が、どーじゃのこーじゃのとか・・・
「議論」が、どーじゃのこーじゃのとか・・・

「三方よしの経営相談」や、「自律型人材育成」「組織力の強化や向上」「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」のお手伝いを行なっているからか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからか・・・

いろんな意味で考えさせられるコトもあるんですけど・・・
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン

一見、全然関係ないように思えるかもしれないけど、コレってもしかしたら・・・

「日本人の強みや弱みとは?外国人には真似できないことって何だろう?」シリーズ
「普通とは?一般的とは?当たり前とは?誰がどんな基準で決めるんだろう?」シリーズ
英語などの外国語の知識があってもコミュニケーションがとれない原因って?
「海外の教育現場(共育現場)ってどんなの?自律性や主体性は育つ?」シリーズ
「グローバル人材とは何だろうか?グローバル化や国際化って?」シリーズ
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ
人間にしかできないこと、コンピュータにできること、できないことって何だろう?
「IT化やシステム化、パソコン導入すれば生産性は向上するんだろうか?」シリーズ
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするのかも〜???
なーんて、感じたので・・・

そもそもの話・・・

対話って、いったい何なんだろーか?
議論って、いったい何なんだろーか?

どんな組織だったら対話が成り立って、どんな組織だったら対話は成り立たないんだろーか?
どんな組織だったら議論が成り立って、どんな組織だったら議論は成り立たないんだろーか?
どんな組織だったら対話も議論も成り立って、どんな組織だったら対話も議論も成り立たないんだろーか?

どんな時には対話の方が適していて、どんな時には適していないんだろーか?
どんな時には議論の方が適していて、どんな時には適していないんだろーか?
それは、誰がどんな基準でどう判断するんだろーか?

対話のメリットやデメリットって、何なんだろーか?
議論のメリットやデメリットって、何なんだろーか?
それは、誰にとってのメリットやデメリットなんだろーか?

何のために、対話やら議論やらを行うんだろーか?
誰のために、対話やら議論やらを行うんだろーか?

などなどについて・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ 議論とは?
goo辞書
互いの意見を述べて論じ合うこと。
また、その内容。


ニコニコ大百科
議論とは、互いに言葉を交わして論ずること。


■ ディスカッションとは?
Weblio辞書
討論。討議。


■ ディベートとは?
ウィキペディア
ディベートとは、ある公的な主題について異なる立場に分かれ議論することをいう(広義のディベート)。
討論(会)とも呼ばれている。

ディベートは、厳密にはディスカッションや単なる議論とは異なるものであるが、一般にはこれらの区別なく「ディベート」ないし「討論」と呼ばれることが多い(最広義のディベート)。

ディスカッションとディベートとは、意見対立の有無という点で異なる。
ディスカッションとは、ある公的な主題について議論することをいうが、それに加えてディベートでは当事者間の意見対立が前提とされる。

例えば、ある公的なテーマについての単なる意見交換は、ディスカッションとしてならば成立する余地があるが、ディベートとしては成立しない。
この帰結として、意見対立を何らかの形で解消する必要がある場合には、ディベートでは第三者に、ディスカッションでは当事者に、その役割が期待されることとなる。

ディベートでないものとして「口論」「詭弁」が挙げられることがある。


■ ダイアローグとは?(ダイアログとは?)
goo辞書
対話。問答。会話。


■ 対話とは?
goo辞書
向かい合って話し合うこと。
また、その話。


ニコニコ大百科
目的は同じテーマで話し合い互いに理解を深めることにある。
相手を論破する必要もないし、必ずしも統一された結論を出す必要もない。

対話には強制力がないので相手を論破しても意味はなく、むしろ相手に敵意を抱かせて逆効果になることも多い。
重要なのは相手の意見を尊重することである。

逆に言えば、相手を理解するつもりが全くない状態では対話は一切の意味をなさない。

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「ホールシステム・アプローチ」
【ディスカッション】
○ 目的
勝つこと。

○ 前提
正しい答えがあるはずだ。
それは自分の答えだ。

○ 態度
戦闘的。
参加者は、相手が間違っていることを証明しようとする。

○ 聞き方
相手の欠点を探しながら、そして反論を組み立てながら、相手の話を聞く。

○ 評価
相手の立場を批判する。

○ 自説の扱い
相手の見解に反対し、自説を主張する。


【ダイアログ】
○ 目的
共通の基盤を探すこと。

○ 前提
誰もが良いアイディアを持っているはずだ。
それらを持ち寄れば、良い解決案が見出せるだろう。

○ 態度
協力的
参加者は、共通の理解を目指して協力する。

○ 聞き方
理解しよう、意義を見出そう、同意しようとして相手の話を聞く。

○ 評価
すべての立場を再調査。

○ 自説の扱い
相手の考え方を取り入れれば自分の考えも改善できると認める。


「本質を見抜く「考え方」」
ときとして最初から特定の結論があり、それをあたかも自由な討論の末に出てきた結論のように見せかける議論が行なわれることがあります。

これでは公平な議論になりません。
しかし現実にはこうした議論が多すぎるのが昨今の世の中の現状です。

たとえば、こちらが何の予備知識もないところに、容赦なく専門知識や数字を持ち出して、一方的に議論を進める人たちがいます。

せめて事前に議論のあらましを知らせてあれば、素人も素人なりに準備することができます。
しかし、意図的な相手は、わざとそれをさせないようにして、議論を挑んでくるのです。

これでは、何の反論もできないまま、一気に意図された結論に流されてしまっても無理ありません。
こちらは丸腰なのに、相手に飛び道具を使われたようなもので、太刀打ちできるはずがないのです。

このように、すでにどこかで結論の「落としどころ」「着地点」が決まっているのに、形だけ論議をするという会議が最近とくに多くなっているようです。

巧みに仕組まれたこの種の会議は、見事なまでの論理的整合性で、非の打ちどころのない議論を展開します。
そして反論の余地のない結論を出しますから、騙されたとしても騙されたことに気づかないのです。

あまりに見事な「反論の余地ない議論」は、「先に結論ありき」だったのではないかと疑ってみるほうがいいようです。
一見上等な議論ほど、私たちから考える機会を奪い、間違った方向にミスリードする危うさをはらんでいる場合が多いからです。

「全員一致したら、その決定は無効」

これはユダヤ人がサバイバルのために見につけてきた、歴史の大教訓です。

何かを決める際に、全員一致の決定は無効になり、また一から議論をやり直さなければいけません。
全員一致などありえないことで、もしも全員一致するようなことがあれば、それはもう誰一人として、真剣に考えていない証拠であるとみなすわけです。

みんなが一つの意見に染まっているということは、とても危険な状態だといえます。
それが間違っていたり崩れたりしたときに、全員が共倒れになってしまうからです。

みんなが言っていることが正しいとは限らない。
それはかえって危険信号なのだと認識することが大切です。


「現場力を鍛える」
企業をどのような断面で見るかによって、「強い企業」の定義やものさしは変わってくる。

しかし、肝心なことは、収益性、株価、CS、ブランド価値といったものさしは、あくまで企業活動の「結果」を測る指標であって、その企業の「実体」を表すものではないということだ。

別の言い方をすると、こうした指標は企業に光を当てた結果出る「影」の部分にすぎない。

「影」の部分だけを見て、「この会社は強い」「あの会社は弱い」という薄っぺらな議論をしていても、決して強い企業をつくり上げることはできない。


「明日から部下にイライラしなくなる本」
マネジメントの理論通りに指示しても、部下全員が同じように応えてくれるというものではありません。
ちょっとした言葉のニュアンスや自分の姿勢、伝え方の違いによって反応はまさに十人十色です。

突き詰めると、マネジメントがうまくいくかどうかは、部下と「良い関係」がつくれるかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。

結局は、一対一で向き合い、対話し、信頼関係を築いていくことなのです。


「現場の「知恵」が働く チームイノベーション」
組織のなかには、個人や集団の行動を縛る「思い込み」が至るところに見られる。

外部の人間からは「思い込み」にしか見えなくても、なかにいる人たちは気づかない。
疑うことすら思いつかないほど当たり前になっている場合が多い。

もしくは、気づいていたとしても、「変えられない」という思い込みによって思考にフタをしている。
「自由に発想してみよう」といっても、こうした思い込みは随所に現れて思考の壁になっていく。

「短納期」
「多品種」
「コスト削減」

これも典型的な思い込みになっている可能性が高い。
発想を活性化させるためには、これらの思い込みを一度くつがえしてみることが大事だろう。

本当に短納期で開発する必要があるのか、多品種を出すことは、早く出すために古い技術の転用ですませることより優先されるべきなのか、他にコストを下げる方法はないのか、というふうに制約条件を疑ってみるのだ。

客観的に見ると、全体最適にもとづいて仕事をするのは当たり前だと思うかもしれない。
しかし、縦割り組織のなかでは、それぞれの立場や職場の役割、個人のおかれた状況によって、当たり前のことが当たり前に見えなくなってしまうことも少なくない。

組織にはびこる思い込みは、個人的な心理というより、暗黙のルールのような集団心理や圧力として働いて組織の行動を制約している場合が多い。
したがって、これに対しては上司と部下が、あるいは部署間、部門間の当事者が一緒に考えながら解きほぐし、明るみに出して取り払っていくしかない。

「会社の常識は社会の非常識」というように、その組織にとって当たり前を当たり前のまま放置ておくと、本当の問題に目が向きにくい。

もしも、ひょっとしてこれは思い込みかもしれないというものが見つかったら、ひとまず疑ってみること、場合によっては一度棚上げにして、全体を俯瞰する議論をしてみるべきだろう。

思い込みを疑い、衆知を集めて別の角度からの仮説を立てられれば、見える世界が変わってくる。
そこで組織の常識を打ち破ることができれば、せっかくの発想が殺されることはなく、それを実現するためには何をどうすればいいのか、どこで知恵を出せばいいのかというアイデアの実行段階へと進んでいける。

「対話」とは、お互いを理解し受容するために、きちんと向かい合って言葉や身体や五感でやりとりをし、前向きな相互作用を起こすことだ。

それによって、人への警戒心を解いたり、相手の立場で物事を理解したり、結びつきができたり、自発的協力しようという気持ちになったりするという意味で、変革における対話は本質的な問題解決の方法といえる。

いうまでもなく、どんな場合も、何を目的にするにしても、対話は相手があってのこと。
相手と向き合うことが大事であり、一方的に意図したことを実現するための手段ではない。


「潰れない生き方」
本気で向き合い、議論をし合い、ぶつかり合う。
そこまでできれば、お互いに気づき、お互いに信頼し合える関係になれるかもしれない。

しかし、これはかなり難しく、相応の覚悟が必要になります。

でも、ちょっと待ってください。
「本当に自分の考えが正しい、正義なのか」とよく考えてみてほしいのです。
果たして、本当にそう言い切れますか?

「絶対に自分が正しい」と思っていても、それは別の視点から見たら、正しくないということもあります。
特に、経営の考え方が間違っている、自分を追い詰めていると思い、それを覆そうと思っても、実はそれは従業員目線でしかないかもしれません。

経営が真に意図していることが何かを理解できないまま、いまのしくみが自分を追い込む。
それがおかしいと闘っても、状況を変えることは困難です。

経営者はリスクとリターン、長期と短期、全体と部分などの視点で、いまは何を優先するべきかを考えています。
従業員満足を優先するあまりに、高コスト体質になって利益が生み出せなければ、結果として従業員の雇用が確保できない。

だから、給与と企業収益とはバランスを取らねばならない。
そう考えている人もいます。

だから、自分を苦しめている制度や会社の考え方がおかしいと思って、正面から闘うことが必ずしも正しいことではないというケースもあるということは、頭に入れておいてください。
経営の論理と社員の論理をただぶつけても、何もそこから発展的な解決策は生まれてきません。

どれが正しいかを議論しても、結論はなかなか出ません。


「考え抜く社員を増やせ!」
組織の中ではそれぞれが、組織の中での「立場」というものを背負っています。

しかし、この立場を背負ったままで議論をすると、立場と立場がぶつかり合い、広い視野で物事が見られなくなってしまいます。

結果としては部分最適しか生まれません。


「ヒーローを待っていても世界は変わらない」
私には私の意見があり、別の人には別の意見がある。
それが当たり前です。

逆にそうでなければ気持ち悪い。
みんなが同じ意見を持っているような社会は、自由な社会とは言えないでしょう。

だから、異なる意見を闘わせ、意見交換や議論をする中で、お互いの意見を調整することが必要となります。

夫婦や親子のような親しい間柄でも、自分の意見や意向だけを一方的に主張し、「おれの言うことを聞かないおまえが悪い」と言い続けていたら合意形成に至らないことは、誰もが経験していることだと思います。

国レベルでも同様で、自国の言いたいことだけ言い合っていたら、すぐに戦争です。

しかしそれは面倒なことでもあります。
世の中には、物事をすぐに「決めつける」人も、何度言ってもこちらを理解しようとしない「わからず屋」も、たくさんいます。

そしてお互いに、自分は柔軟で、異なる意見を受け容れる力を持っているが、相手こそが「決めつける人」で「わからず屋」だと思っています。

しかしそれでも、誰かに任せるのではなく、自分たちで引き受けて、それを調整して合意形成していこうというのが、民主主義というシステムです。

より多くの人たちが相手との接点を見出すことに注力する社会では、自分たちで調整し、納得し、合意形成に至ることが、何よりも自分たちの力量の表れと認識されるようになります。

意見の異なる人との対話こそを面白く感じ、同じ意見を聞いても物足りなく感じます。
同じ意見にうなずきあっていても、それを超える創造性は発揮されないからです。


多様性がない会社にイノベーションは生まれない
多様な人たちが集まったときに、議論あるいは論争が起こることは多々あります。

例えば文化習慣の違いから「1+1はなぜ2なんだ?」といった非常に根源的なことを問われたとしましょう。
そこで「そんなもん、2と決まっているから2なのだ!」と頭ごなしに言いたくなる気持ちもあるでしょう。

しかしそこからコラボレーションは生まれません。

時には「いや待てよ、3の場合もあるか?」と考えることで、皆で同じ方向を向くきっかけになりうるのです。


“考えず、従う”姿勢が生む「国民総残業社会」
日本人の仕事に時間がかかる理由の1つには、“ハイ・コンテクスト文化”もあるね。
彼らは、言葉少なに曖昧かつ間接的な表現で、互いの考えや気持ちを察し合う傾向がある。

逆に言うと、自分の言いたいこと全てを直接的かつ論理的に相手に伝えるのが苦手ということだ。
会議を議論と決断の場にしても、ほとんどの人は発言しない形式的な会議になっちゃうだろうね。

2つ理由がある。

1つは、どうやら確固たる自分の意見を持たない人が多いらしいこと。
たぶん好奇心や参加意識が薄いか、人から意見を聞かれることが少ないから、自分のアタマで考えなくなっているのかもしれない。

2つ目は、考えがあっても、それが議論の中で他のメンバーと衝突することを避けるせい。
彼らは、衝突して人間関係が悪くなる、組織の中で自分の立場が悪くなる、組織の雰囲気が悪くなるのが怖いんだよ。

彼らの多くは、自分(個人)の考えとか信念に従って行動しない。
少なくとも会社の中ではね。


日本の英語教育
日本人が特に苦戦するのは総合力を見る問題だ。

まず文章を読み、それに関するディスカッションを聞き、賛否両方の意見を要約するといった言語的マルチタスクに、日本人は慣れていない。
単語や細かい文法に気を取られて、文脈という「ビッグピクチャー(全体像)」が見えていない。

日本の英語教育にありがちな細かさは、理数系やモノづくりなど完璧さが求められる分野では重要かもしれないが、コミュニケーションには不向きだ。

言葉を理解するのは絵画を理解するようなもの。
陰影(フレーズ)や個々の筆遣い(単語)に注目するのは、全体を大まかに理解してからだ。


「逃げる中高年、欲望のない若者たち」
日本の若者は、大人になって一人で生きていくための実務的な職業訓練をほとんど受けることなく成長し、ふいに社会に放り出される。

議論されるのは、学力重視の教育か、それともゆとり教育かというような、どうでもいい話題ばかりだ。
学力重視もゆとり教育も、一人で生きていける大人にするための具体的なカリキュラムがないという点では変わり映えしない。

今のままでは、数パーセントの専門職エリートと、他の単純労働者に完全に分かれてしまって、階層化が固定し、社会から労働力だけではなく活力までが失われてしまうかもしれない。

多くの要人が来日し、日本企業を買収しようという動きも加速している。
それは、今のところ学ぶべき高付加価値の技術を、まだ日本が持っているからだ。
あるいはお手本にしたい文化的なコンテンツやソフトがあるからだ。

それらがなくなったとき、つまり技術的にも文化的にも日本からはもう学ぶものがないと思ったとき、どんなことが起こるだろうか。

日本は完全に無視されるだろう。
50年後か、20年後か、ひょっとしたら10年後かわからないが、今のままだと必ずそうなる。


「(日本人)」
社会が複雑化してくるにつれて、ほとんどの問題がトレードオフになる。

個人的にトレードオフは自分の意思で解決できるが、面倒なのは社会的なトレードオフで、この場合は、ある人は一方的に得をして、別の人が一方的に損をする、というようなことが起きてしまう。

日本社会はこれまで、社会的なトレードオフが起きると、貧乏くじを引いた人にお金を払って全員一致の合意を成立させようとしてきた。
「ムラ社会」型の意思決定では、合意が大前提でそこに至るまでの理屈は二の次なのだ。

日本人が議論を嫌うのは、それが利害関係者の対立を煽って合意を難しくさせるからだ。


「すみません」の国 」
欧米社会と日本社会では、コミュニケーションが担わされている役割が違う。

欧米社会においては、コミュニケーションは自分の意見や思いを相手にできるだけ正確に伝えるための手段であり、はっきりと言葉で伝えることで説得しようとする。
自分の意見や思いをストレートに押し出す。

それがコミュニケーションの役割だ。
したがって、対立意見を闘わせるディベートが盛んに行われる。

これに対して、日本社会においては、コミュニケーションは良好な関係を保つための手段であり、自分の意見や思いを正確にわかってもらおうという意思は乏しい。

説得しようとしているわけでもない。
お互いの対立点をぼかして、「何となくいい感じ」の雰囲気を醸し出そうと努力する。

自己主張ではなく、お互いの気持ちを結びつけるのがコミュニケーションの最も重要な役割となっている。
いわゆる「和」の雰囲気を醸し出すのがコミュニケーションの目的となる。

自己主張をして相手を説得しようという動機の乏しい日本的コミュニケーションでは、自分の意思の伝達よりも相手の出方を窺うのが中心となる。
相手の出方を確かめることで、相手と自分がほどほどに納得できるような着地点を見つけようとする。

このような文化的伝統を踏まえてみれば、私たち日本人が自己主張をうまくできず、議論が下手なのは、当然のことと言わざるを得ない。
相手の出方ばかりを気にしていて、主体性がないとか、自分がないとか批判されるが、それも仕方のないことなのだ。


「図解 フィンランド・メソッド入門」
英語がかなり上手な人でも、相手が外国人だと、いまひとつ自分の言いたいことが伝わらない。

あるいは、相手の言いたいことが、いまひとつ見えない。
結局、交渉も議論も噛み合わない・・・。

こういう事態がしょっちゅう起こったのです。

英語の能力以前に、根本的な能力が欠けていることがわかったのです。

その能力が欠けているかぎり、どんなに英語が上手でも国際的には通用しません。
それは、相手がどこのだれであろうと、自分の言いたいことを理解させる能力、そして、相手がどこのだれであろうと、その言うことを理解する能力です。

多くの国では、この能力を小学校から国語の授業で段階的に教育しています。
しかし、残念ながら日本では、この能力を身につけるような教育はされていません。

誤解のないように言っておきますが、日本人のコミュニケーション力が劣っているといっているのではありません。
むしろ、世界的にみても、日本人ほどコミュニケーションに細かい心配りをしている人々はいないと思います。

ただし、そのコミュニケーション力は、相手が日本人の場合にしか通用しません。
日本人同士ならば、いちいち説明しなくても分かり合える部分が多いからです。

しかし、世界には、さまざまな人々がいます。
そのほとんどは、日本人にとって当たり前のことであっても、いちいち説明しなければ分かってくれません。


「「一体感」が会社を潰す」
会議というのは、さまざまな立場の人が集まり、対立したり協調したりしながらより優れた案をつくり出し、最終的には一つの結論を導き出すとともに、それぞれの役割分担を決める場のはずです。

しかしながら、必要以上に摩擦を回避する組織では、意見が対立しないように運営され、一つの結論を導き出すこともなければ、何が決まったのかもハッキリしません。
「玉虫色の結論」を雰囲気で決めるといったお察し文化なのです。

都合の悪いことは棚上げ、先送りですから、誰も責任を問われませんし、誰も痛みを感じることはありません。
ある意味、あたたかい組織ですが、いつか必ず、みんなで沈没します。

言わなければならないことを言わない組織には、結局、膿がたまっていきます。

膿は勝手に消えてくれたりしません。
居心地のよさを優先して、自分たちで膿を取り除かなければ、膿だらけの組織になってしまうのは自明の理です。

こういう組織における処世術は、目立ちすぎない、余計なことは言わない、言われたことだけやる、といった「事なかれ主義」です。

会議でも議論はご法度です。
仮に対立する2つの意見が出たとしても、白黒つけません。

しかし、摩擦を避けたことによって失われてしまったことが多数あるのも忘れてはなりません。

何よりも摩擦は組織の問題を明らかにしてくれます。
逆に、摩擦を避けようとすると問題は隠されてしまいます。


「職場は感情で変わる」
上司がおかしい、他部署がおかしいというレベルであれば、まだお互いにその不満を口にしたり、ぶつけ合うことができる。
ところが、自分の力ではどうにもならない、自分の将来を閉ざすような大きな出来事が起こると、不安感は一気に高まります。

こうなると、みんなが話題にあげて話をしても、議論にならない。

ふさぎ込む、ため息が出る。
そんな状態が続きます。
やがて沈滞ムードが蔓延してしまう。

さらに、もうどうにもならない、この会社に将来はない、自分はこの会社にしてもどうせ認められることはない。
そういう思いが連鎖し始めると、あきらめ感が職場を支配してしまう。

何をやってもうまくいかない。
どうせ何も変わらない。

最後は、みんながひきこもる。
自分の目の前の仕事だけをすればよい。
真面目にやっているふりをしよう。

お互いのことには関わらない。
そんなひきこもり感情が広がる。


「モモ」
小さなモモにできたこと、それは他でもありません。
相手の話を聞くことでした。

なあんだ、そんなこと、と皆さんは言うでしょうね。
話を聞くなんて、誰だってできるじゃないかって。

でもそれは間違いです。
本当に聞くことのできる人は、めったにいないものです。
そしてこの点でモモは、それこそ他には例のない素晴らしい才能を持っていたのです。

モモに話を聞いてもらっていると、ばかな人にも急にまともな考えが浮かんできます。
モモがそういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりした、というわけではないのです。

彼女はただじっと座って、注意深く聞いているだけです。
すると相手には、自分のどこにそんなものが潜んでいたのかと驚くような考えが、すうっと浮かび上がってくるのです。

モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は、急に自分の意志がはっきりしてきます。

ひっこみ思案の人には、急に目の前が開け、勇気が出てきます。
不幸な人、悩みのある人には、希望と明るさがわいてきます。

こういう風にモモは人の話が聞けたのです。


「ゼロのちから」
人間に耳が2つあって口が一つしかないのには理由がある。

3分の2の時間は聞いていなければならない(少なくとも!)ということだ。
いちばん良いのは、1対1でじっくり話を聞き、相手のことを知ることだ。

あなたの組織目的が潜在的な支援者の興味と重なる部分を考えてみてほしい。
そして支援者の興味がまったく一致しない場合を。

それほど長い時間はかからないはずだ。
その重なる部分が見つかれば、そのお互いに関心のある領域に注目して、具体的な話し合いを始めることができる。


「心の対話者」
多くの人は、話を聞くより、話すことのほうが好きだし、聞くことより話すことに多くの関心を払っているものだ。

「自分の話を楽しんでもらおう」
「自分の言うとおりにしてもらいたい」

といった願望をもつのだ。

しかし、聞くことより話すことに意識が集中すれば、相手が話しているあいだの時間は、次に自分は何を話すかを考える時間になる。
相手に話をする猶予を与えたとしても、それは自分が話すための準備時間であり、聞くことに神経はいっていない。

このような状態では、相手も同じ心理状態になりがちで、うっかりすると、互いにモノローグをぶつけ合うだけになってしまう。

対話の目的が、互いの思いを理解し合ったり、互いの情報を共有することにあるとすれば、私たちは、もっと「聞く」ことの価値を認識しなければならない。

「話をしっかり聞く」ということは、もう少し厳密にいえば、「相手がどのような話をしても、それに寄り添って付いていく」ということだ。


「なぜ社員はやる気をなくしているのか」
なぜ対話が成立していないのかよく観察してみると、その人は対話をしたいと主観的には思っているのだが、結局、いつも自分で答えを用意して対話の席にのぞんでしまっているからである。

答えを一緒につくっていく自信がないから、答えを用意してしまうのだ。

しかし、はじめから答えが用意されていると、対話というものは、かたちのうえでは成立しているようでも、内容としては成立していない。
双方向で話し合っているかのように見えても、答えを一緒につくっていこうとしていないのだから、それは見せかけだけの話し合いである。

答えが用意されている話し合いのことは「対話」とは呼ばない。
それは「説得」なのである。

対話とは、そもそも非常にクリエイティブなものである。
だから、そこで何かがつくり上げられていくという創造的な「場」が成立していないと、対話が生まれてているとは言えない。

答えを用意してしまうと創造的にはならないのだ。

「いちばん答えがよくわかっているのは自分だ」
「会社の方針をいちばん理解していて、状況をいちばんよくわかっているのは自分だ」
「全体をいちばんよく見ているのも自分だ」

といった前提の下に事をはじめようとすると、対話は成立しないし、自発性を引き出すこともできない。

対話を成立させようと思うなら、まず

「一緒に困ろう」
「一緒に答えをつくっていこう」

とする姿勢を持つ必要がある。

「相手の話に心の耳を傾ける」姿勢が不可欠なのだ。

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うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ〜 (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

それぞれの言葉の意味がわからなければ
気づけないこと、気がつかないこともあるけど・・・

それぞれの言葉の意味だけを見ていても
それぞれの言葉の違いだけを見ていても

気づけないこと、気がつかないこともある


んじゃーないかな〜???

なーんて、感じません? (^^)

他にも、例えば・・・

「方法論や手法などに振り回される前に考えておきたい事って何だろう?」シリーズ
「根本的な原因とは?真因とは?今見えている問題って本当の問題?」シリーズ
誰にも相談しない、相談したくない、相談できない理由って何だろうか?
部下が質問しない、質問したくない、質問できない原因って何だろう?
ひとりで悩む、ひとりで考える、ひとりで抱え込む理由って何だろう?
自律型人材は、一方的に教えて育てる教育で育てられるんだろうか?
人材育成や教育を「自分ができる事」と「教えられる事」から考えてみると見えることって?
「研修とは?本当に役立つ社員研修や管理職研修を行うのに必要なことって何?」シリーズ
「知識や方法論中心の研修で育つ力、育たない力って何だろう?」シリーズ
思考停止を招く教育とは?従業員の主体性や向上心が育つ人材育成って?
数字ありきに陥る原因って?数値目標の設定後、達成後に起こる事って何だろう?
「会議とは?何のため?無駄な会議と意味のある会議の違いって何だろう?」シリーズ
マニュアル人間、主体性がない、指示待ち人間になる理由って何だろう?
上司が部下に指示しない、指示できない、指示したくない理由って何だろう?
部下思いのいい上司が、パワハラ上司に変わってしまった原因って何だろう?
「上司や部下がうつ病になる組織、ならない組織の違いって何だろう?」シリーズ
「従業員に危機感を持たせる、危機感を煽るメリットやデメリットって何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が辞める本当の理由、優秀な社員から辞める原因って何だろう?」シリーズ
「優秀な人材が見つからない、有能な人材が採用できない原因って何だろう?」シリーズ
「人材採用とは?従業員を雇用するのは何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「組織じゃないとできないこと、組織でなくてもできることって何だろう?」シリーズ

などなども含めると・・・

対話やら議論やらを行うことって、目的なんだろーか?
対話やら議論やらを行うことって、手段なんだろーか?

対話やら議論やらと、理念・ビジョン・ミッションなどとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、戦略とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、方針とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、経営とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、経営計画とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、ビジネスモデルとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、経営環境の変化とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、生産性タイムマネジメントなどとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、付加価値とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、疑問とは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、常識や慣習、習慣などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、アイデアとは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、イノベーションとは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、多様性や画一性などとは、何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、成果とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、投資対効果や費用対効果などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、人事制度や人事システムなどとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、終身雇用や年功序列などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、成果主義や能力主義、実力主義などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、マーケティングとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、ニーズやウォンツとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、顧客満足度とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、宣伝や販売促進の方法とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、独自性や優位性、差別化競争力(国際競争力)などとは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、取引先や従業員からの信用や信頼などとは、何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、経営資源とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、人件費や人件費の削減などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、リストラとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、利益とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、ノルマとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、経営指標とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、資金繰りとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、債務超過や赤字などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、倒産や廃業、経営破綻などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、組織組織文化・組織風土などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、強い組織や弱い組織組織力現場力などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、人材採用とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、人手不足や人材不足などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、属人化とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、人事異動や配置転換適材適所などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、職務型や職能型などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、権限委譲やエンパワーメント(エンパワメント)などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、人事評価や人事考課などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、人材育成とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、人材開発や能力開発などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、教育(共育)とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、自律や自立、自分で考えて行動する力などとは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、協調性主体性自発性などとは、何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、やる気や向上心、チャレンジ精神などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、モチベーションとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、帰属意識、仲間意識、忠誠心、愛社精神などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、組織としての一体感や連帯感、団結力などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、グローバル人材やグローバル化、国際化などとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、出る杭を打つ組織なのか出る杭を打たない組織なのかとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、井の中の蛙、ゆで蛙現象、組織のタコツボ化などとは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、当事者意識問題意識危機感などとは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、問題発見力問題解決力などとは、何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、コミュニケーションや会話コンセンサスなどとは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、情報共有とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、マネジメント力リーダーシップ力などとは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、経営者意識や経営感覚などとは、何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、意識を変えることや意識が変わること、気づきなどとは、何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、経営者の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、管理職の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
対話やら議論やらと、一般従業員の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?

対話やら議論やらと、人事部(総務部)や営業部、製造部などの各部門の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
対話やら議論やらと、下請け企業や親会社(親事業者)などの取引先にはどんな関係があるんだろーか?

経営者の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
管理職の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
人事部(総務部)の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
一般従業員の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?

なんかについても、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお〜っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ〜♪


のかも〜???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


ってなワケで、「組織や仕組みから、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


「会社や部署、部門等を国にたとえて考えると気がつくことって何だろう?」シリーズ


へ、続きまーす。(^^)/

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)





★★★ ネクストストラテジーは、三方よしの場づくり黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に、「三方よし経営」のお手伝いを行っております。(^^)/
「自律型人材育成」「自律型の組織変革」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 m(_ _)m



【追伸】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?組織力などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


posted by ネクストストラテジー at 06:00| Comment(0) | 組織や仕組みから考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
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