2017年02月21日

テンプレートとは?フォーマットとは?定型文とは?どんな時に役立つ?

「役に立つテンプレートやフォーマットとかって、なーんかないかな〜??? (;´д⊂) 」
「便利で万能でどんな仕事にも使えるテンプレートやフォーマットとかって、なーんかないかな〜??? o( ̄_ ̄|||)o--- 」

「計画を立てるのに役立つオススメのテンプレートやフォーマットとかって何かないかな〜??? (o´д`o)=3 」
「提案なんかを考える時に、いいテンプレートやいいフォーマットとかって何かないかな〜??? (;´Д`)ノ 」

「方針って普通はどんなのにするものなの???経営方針に使えるオススメの定型文って、なーんかないかな〜??? (;゜∇゜) 」
「部門の方針なんかに使えて一般的で覚えさせやすくて浸透もさせやすくてキャッチフレーズにも使えるいい定型文って、なーんかないかな〜??? ( ▽|||) 」

などなど・・・

「テンプレート」とか、「フォーマット」とか、「定型文」とかについて、このような切実な声をお聞きすることもあるんですが・・・
(;´・ω・`)

んでもって・・・

「三方よしの経営相談」や、「自律型人材育成」「組織力の強化や向上」「経営に役立つ情報活用(IT活用・ICT活用)」のお手伝いを行なっているからか・・・
「爆発・炎上・崩壊組織」で消防のお手伝いを行なうこともあるからか・・・

「テンプレート」とやらとか、「フォーマット」とやらとか、「定型文」とやらとかについて、いろんな意味で考えさせられるコトもあるんですけど・・・
ンーン (( ̄_ ̄*)(* ̄_ ̄)) ンーン

一見、全然関係ないように思えるかもしれないけど、コレってもしかしたら・・・

「普通とは?一般的とは?当たり前とは?誰がどんな基準で決めるんだろう?」シリーズ
自律型人材は、一方的に教えて育てる教育で育てられるんだろうか?
人材育成や教育を「自分ができる事」と「教えられる事」から考えてみると見えることって?
「研修とは?本当に役立つ社員研修や管理職研修を行うのに必要なことって何?」シリーズ
「知識や方法論中心の研修で育つ力、育たない力って何だろう?」シリーズ
思考停止を招く教育とは?従業員の主体性や向上心が育つ人材育成って?
人間にしかできないこと、コンピュータにできること、できないことって何だろう?
「管理職が論文やレポートを書く意味って?何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「手っ取り早い解決策やテクニックに頼る理由、メリットやデメリットって?」シリーズ
「属人化とは?属人化する原因って?メリットやデメリットって何だろう?」シリーズ
「IT化やシステム化、パソコン導入すれば生産性は向上するんだろうか?」シリーズ
「日本人の生産性が低い理由って?生産性の向上ってどういう事なんだろう?」シリーズ

などなどにも、ある意味関係するっちゃーするのかも〜???
なーんて、感じたので・・・

そもそもの話・・・

テンプレートや雛型って、いったい何なんだろーか?
フォーマットや定型文って、いったい何なんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、どんな時には役立つんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、どんな時には役立たないんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などを使うことによって、得られるものって何なんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などを使うことによって、失うものって何なんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などを使うメリットって何だろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などを使うデメリットって何だろーか?
それは、誰にとってのメリットやデメリットなんだろーか?

何のために、テンプレートやフォーマットや定型文などを使うんだろーか?
誰のために、テンプレートやフォーマットや定型文などを使うんだろーか?

などなどについて・・・

一緒に考えてみません? (^^)
あ、モチロン、「自律的に」という意味で。

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)/

んーと・・・

まずは、例えばこんなのから考えてみるのはどーでしょう?


■ テンプレートとは?
コトバンク
ワープロソフト定型文書を素早く作成するために用意する文書のひな形。

ワープロソフトや表計算ソフトなどのソフトウェアには、さまざまなテンプレートが用意されている。
フローチャートなどの図を作成するときに使用する定規から転じて呼ばれるようになった。


Weblio辞書
テンプレートとは、

(1) 頻繁に利用する定型のフォーマットで、計算式の埋め込まれた表計算ソフトの表項目や、はがきや帳票など、定型パターンの一部を変更して使用できるデータフォーマット
(2) 入出力、処理、分岐などを表すフローチャートの枠を書くための定規

のことである。


ニコニコ大百科
テンプレートとは、「雛形」を意味する英単語である。

同じ物を複製する時に利用される道具のこと。
略して、テンプレとも呼ばれる。

英単語のTemplateには「鋳型」「雛形」などの意味があり、コンピューター用語としては「同じ内容を複製する時の便利プログラム」のような意味でも使われる。
製図道具としては「同じ記号・図形を書くための定規・ステンシル」のこと。

だいたい「定型文」「複製されたように同じような文章・造形・物」などそういった意味で使われることが多い傾向にある。


ウィキペディア
テンプレートは、文書などのコンピュータデータを作成する上で雛形となるデータ。

最も抽象的なテンプレートは、レイアウトのみのデータで、テキストを流し込むことでレイアウトつき文書となる。
具象的なテンプレートは、それ自体文書であり、数箇所の修正または空白への書き込みで目的の文書となる。

このほか、さまざまな段階がある。
テンプレートから文書を作る工程は、手動の場合も自動の場合もある。

元の意味は建築物の梁受けで、そこから、鋳型のように働くさまざまなものを意味するように派生した。

ワードプロセッサのテンプレートは、あらかじめ定型的な文章が用意されている。
それに名前など必要な部分を埋めこんだり書き換えたりすることによって、体裁の整った文書を簡単に作成することができる。

特に、日本では簡単な文書や、複雑な表組みを備えた帳票など、様々な種類の文書テンプレートが利用されている。
また、ワープロソフトのテンプレート以外でも、マイクロソフトのエクセル、パワーポイントを代表とした様々なビジネスソフトを利用して、伝票・帳票・宛名ラベル・はがきなどに印刷するため、それぞれのビジネスソフトのテンプレートファイルも利用されている。


■ 雛形とは?(雛型とは?)
コトバンク
@ 実際の型を模して小さく作ったもの。模型
A 物の形式や様式を示す見本手本
B モデル


Weblio辞書
形式や書式などを示すための見本を指す表現。
文書の書き方を示した書式や、物の手本・模型・見本


ニコニコ大百科
1. 他の物の形をかたどり、小さく作られたもの。模型のこと
2. ものの形式や様式を示した見本のこと。特に書類や文章などの書式について言われる。テンプレートのこと


■ 定型文とは?
goo辞書
手紙や電子メールなどで多く用いられる、一定の形式の文章。

時候の挨拶やお礼、お詫びなどの決まった言い回し。
テンプレート。


Weblio辞書
一定の決まった形式で書かれる文章。

定型の文章。
テンプレート。


■ 定型とは?
goo辞書
一定のかた。
決まったかた。


■ フォーマットとは?
コトバンク
使われ方によって3つの意味がある。

1. ディスクの内容を消去し、OSがファイルを読み書きできるように基本情報を書き込むこと。「初期化」ともいう
2. パソコンで作成する書類の「書式設定」のこと
3. ファイルの種類、つまり「ファイル形式」のこと

なお、本来の意味は「書式(化)」であり2つ目の意味に近い。
どの意味で使われているかは文脈によって判断する。


ウィキペディア
フォーマットは、もともとは、型、体裁、書式といった意味。

1. 形式・様式。用紙、写真のサイズ等
2. 電子媒体(記録媒体)の記録形式、ディスクフォーマット(物理フォーマット)やファイルシステム(論理フォーマット)。ないしその形式化を実施すること
3. コンピュータで扱う文書、画像、動画などのさまざまなメディアのファイルを特定の利用方法やアプリケーションソフトウェアで共通に扱うための形式や規格のこと
4. 番組フォーマット - テレビ番組やラジオ番組、あるいはこれらに準ずるコンテンツにおける基本的な構成・様式
5. プログラミング言語で文字列を出力するための一定の形式やひな形、それを利用する関数や文など


■ 書式とは?
コトバンク
文字、文書の体裁文字あるいは文書の体裁のこと。
フォーマットやスタイルとも呼ばれる。


Weblio辞書
証書・届け書・願書など各種の文書の決まった書き方。


ウィキペディア
書式とは、文書における体裁を表現する語、および文字のスタイル(太字など)を表現する語である。


■ 様式とは?
goo辞書
1. ある範囲の事物・事柄に共通している一定の型・方法。スタイル
2. ある時代・流派の芸術作品を特徴づける表現形式
3. 習慣・約束などで定められたやり方


Weblio辞書
1. ある事物・事柄で共通している一定の型や方法のこと。
2. ある時代、流派の独自の表現形式のこと。
3. 習慣や決まりで定められたやり方。


■ 形式とは?
goo辞書
1. 物事が存在するときに表に現れている形。外形
2. 物事を行うときの一定のやり方。事務上の手続き、儀礼的な交際などについていう
3. 形だけで実質の伴わないこと。おざなり
4. 芸術作品で主題・思想を表すために、作品を構成する諸要素を配置・配合する一定の手法
5. 哲学で、事物や事象の成立・発現のしかたやその構造、またそれらの関係などを抽象したもの


■ 体裁とは?
コトバンク
1. 外から見た感じ・ようす。外見。外観
2. 世間の人の目にうつる自分のかっこう。世間体。みえ
3. それらしい形式
4. 相手を喜ばせるような振る舞いや口先だけの言葉

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で・・・

次に、例えばこんなのからも考えてみるのはどーでしょう?


「「儲ける仕組み」は社長がつくる」
社内にITシステムを構築するということは、ある意味、一人ひとりの社員が持っている、企業にとって大切な情報を体系的に蓄積し、会社の経営資源にしていくということです。

さらにそれを社員全員で共有できるようになれば、経営が変わるのも当然のこと。
蓄積したデータを有効活用することこそ、IT化本来の意義なのです。

システム化されていない状況では、例えば納品書は手書きの伝票で、その集計はエクセルでなどと、フォーマットもばらばら。
これでは、いざ必要な情報を取り出す段になると、とても手間がかかります。

紙媒体では、情報の再利用は難しいですし、それぞれの担当者が、思い思いのフォーマットで集計表を作成しているとなると、経営者が全社的なデータを把握するのに、さらにもう一段、データの加工が必要となります。

「支店ごとに、売上を集計しています」などという場合には、全社のデータを集計するたに、担当者が四苦八苦していたりするのではないでしょうか。


「共創とは何か」
いわゆる仕事と言われるようなものは、企業にも社会にもいっぱいあるわけです。

一つには、定型的な仕事というものがございますね。
代表的なのは、お役所の窓口業務とか登記の業務なんかがそうだと思います。

あれは、定型的に、決まったようにきちんとやることに価値がありまして、市役所の窓口で創意工夫してじゃんじゃんフォーマットを替えられたんでは、たまったものじゃないわけです。

ただ、そういう仕事は、フォーマットもちゃんとありますし手順もきちっと決まっていますから、「こういうふうにやるんですよ」というのは、かなりはっきり言えるわけです。

それから、企業で大変多くありますのは、いわゆる改善的な仕事と申しましょうか、「今あるものをもっと良くしよう」とか「今ある仕組みを変えよう」。
これも定型的というほどきちんとしていませんけども、手順は言うことができると思うんです。

最初に現状分析をちゃんとやれ、目標を立てましょう。
PDCA、基本的にはフィードバックをやっていくことですから、それぞれの部分には工夫が必要にしても、大まかな手順は言えます。

じゃあ「創造的な仕事ってどうやってやるの」、こう言われると、一気に詰まっちゃうんです。

至る所に「創造」というポスターとか垂れ幕がいっぱいあるんですよ。
「創造的職場にしよう」とか「創造性ある商品を」うんぬんと、たくさんあります。

でもそこで、例えば新しい社員に「あそこにああ書いてありますけど、どうしろと言うんですか」と言われると、答えにくいんですよね、極めて。


「中期経営計画の立て方・使い方」
何事もそうだが、人の真似をしたり体裁だけを整えても意味がない。
そのようなものなら、かえってないほうがましである。

なぜなら、すぐに化けの皮がはがれて信用・信頼をなくすし、無駄な投資のもとになったりするからだ。
本当に中身のある経営計画であれば、それほど体裁が整っていなくても、十分機能するであろう。

すぐれた経営計画は、体裁が整っていると思われがちだが、そうではない。
体裁だけの経営計画は意味がない。

それよりも重要なことがある。
それは、社内でよくもまれたかどうかだ。

トップの考えが下に浸透しないで、言葉だけになっていたり、現場の実態が上に伝わらず、現場から乖離したものになっていたりすると、その時点で、経営計画はあまり用をなさなくなる。


「なぜ社員はやる気をなくしているのか」
「意識改革」なるものの研修が本当に効果をもたらしたという話を、いまだかつて聞いたことがない。

そもそも、官製談合を「誰でも知っているみんなの秘密」として当たり前のようにやっている組織で、事の本質にかかわるような話には蓋をしたまま、研修できれいごとの「あるべき論」を説教し、それをもっと「意識改革」などと称するのはあまりにも空々しい。

上から言われたから形にだけはしなくては、といった程度の熱意しか感じ取ることができなかったら、そんなことはやるだけ無駄だ。
こういう組織には担当者の熱意などではどうにもならない別次元の根深い問題が横たわっている。

このような組織で大切にされるのは中身ではなく形式だ。

会議であっても、中身はともかく、それをやったという形がまず大事なのだ。
こういう世界の中では、人間も儀式の中の道具だてのひとつになる。

しかし、このようなやり方に慣れきった人たちは、この種の「儀式」を「ディスカッション」と称して、大まじめにずっとやってきたのだ。
中身がまったくないこのような儀式を、誰もおかしいと思わず仕事としてとり行ってきたのである。

内容よりも形式を重視する傾向の強い人たちは、人も道具だてのひとつとして見ているから、役職だとか肩書きに意味は見出しても、「内発的な動機」が果たす役割などには、そもそも興味すら持たない。

命令さえすれば動く「道具」が内発的動機など持つ必要性があるわけないからだ。
道具に人の情熱など、そもそも必要としないから、内発的動機など無視してもいっこうにかまわないのである。

人を、中身(たとえば、考えや意見、関心の有無)で評価するのではなく、その属性(地位や役割)で見る、という考え方を持っていると、人の内発的動機に対する関心はおのずと小さくならざるをえなくなる。

儀式としての体裁を整えることを大切にする人たちが重きを置いているのは、つねに内容よりも形式であり、事実ではなく精神論である。

そして、このような考え方、価値観が当たり前になっていることが、日本という国が今日抱えているさまざまな困難な問題を引き起こしている根源的な要因だと考えている。

事実を直視し、現実と向き合おうとしない国に未来はない。

目指す方向や方針がいかに立派につくられていても、それだけで改革が成し遂げられていくわけではない。


「考え抜く社員を増やせ!」
今の会社には「命じられたことはやる。仕事というのはそういうもの」という割り切りをしている人がけっこういます。
一般社員だけではなく管理職の中にもこういう人がたくさんいるのです。

こうした考え方はある意味、「自分自身をも部品として捉えている」ということからみても、人間を人間として見るより機械として見る色合いの強い考え方です。
能力や資質などという要素を介在させず、ただ員数として人を捉えるのです。

自分をも含め、人というのは命ずることで自在に動かせるコマであり、道具である。
単なる員数であると、きわめてドライに割り切っています。

こういう気持ちになり切ってしまうと、「自分自身を見直す余裕」も失われてしまいます。
自分自身をも部品として捉える、という考え方に立つと、人の問題は「人 = 員数」としてかたづけられてしまいます。

しかし、現実の多くの仕事では、3人部下がいる場合、能力のある3人と、能力のない3人とでは、パフォーマンスがまったく異なる、ということは誰にでも理解できます。
にもかかわらず、従来からある常識的な見方では、基本的に人間のクオリティはカウントせず、すべて「員数」で見るという傾向があったのです。

こうしたものの見方の持つ一番の問題点は、物事や出来事の価値、質、その持っている意味などを、思考の対象から外してしまうところにあります。
質ではなく数えやすい量が重視され、中身ではなく、形式が大切にされます。

物事の価値や意味、つまり、

「なんのために」
「どういう意味があるのか」

を問う姿勢もこうした世界では後ろに追いやられてしまいます。
こうしていつの間にか「どうやればいいのか」「どうやると効率的か」しか考えなくなってしまうのです。

ひたすら目先の利益の最大化だけを追い求め、そのことの意味や価値を問わず、「どうやるか」しか考えないとするなら、環境激変時の対応策にしても、何が原因でそうなったかは問いませんから、どうしてもモグラ叩き的なアイデアしか浮かんでこなくなってしまうのです。

目先の課題の処理以外に、考えのをやめてしまっている人は、制約条件のくびきから逃れられなくなっています。
枠の中に思考が閉じ込められてしまうと、少し考えれば当たり前のことが、どうしても考えられなくなってしまうということです。

こういう状況に陥ってしまうと、問題点のリストアップだけはきれいにするけれども、解決はされていかないから毎年同じリストを作っておしまい、ということが起こります。

「上司から言われたことを効率的にこなす」のが仕事だ、と思っているときは、「仕事を処理する」ことが、あたかも最終目的のようになってしまいます。

本来の目指すべき目的が意識されていないと、形を整えたらそれでよしとされます。

こういう状態でも忙しく仕事をしていると、何がしかの自己満足だけはあるので、かえって問題は顕在化しにくいのです。

中期計画というのは、なんのために作るのでしょう。

その意味や目的を問うのではなく、どう「立派な」もしくは「立派に見える」中期計画を作るのかが仕事だ、というスタンスならば、それほど難しい話ではありません。
実効性は問わない、というか、実際に使われるかどうかは保障の限りにあらずという暗黙の前提の下でなら、作るのは難しくはない、ということです。

残念なことに、多くの日本の企業では、その意味や目的を問わないこういう仕事のやり方が今でも普通に行われています。

中期計画作りにかかわる人はスキルだけは学んでいますから知識は十分に持っています。
しかし、「なんのために」という基本的な問いは欠けたままです。

その結果、時間とコストをかけて形のうえでは立派に作られたはずの中期計画が、ほとんどの人にとって関心外の出来事、つまり目の前の仕事とは無関係の計画、になってしまっています。

現実に仕事の指針として機能しているとはとても言いがたいというのが多くの企業での実態なのです。

どうやるか、しか考えていないと、意味や目的を問い直すという根源的な問いかけをする能力がしだいに減退していきます。
その結果、そういうことを考えること自体が苦手になります。

本質的なことを掘り下げて考えることができなくなってしまうのは、当たり前です。


「「サービス」の常識」
昨今、多くの企業で行われているのは「顧客満足度の調査」や「実態把握型のマーケティング調査」である。
物事には長所と短所があるが、この満足度調査にもいくつかの問題点がある。

まず、どの企業でも一定のパターン化されたフォーマットで行うことが多い。
満足度の点数が高いと偉い人たちは大喜びする。

その結果、意識的であれ無意識的にであれ、最初からよい点数が出るような調査設計をするという、本末転倒な方向に進んでしまうことが意外に多いのである。

だから、点数は毎年上昇しているにもかかわらず、業績は低迷、ないしは下降線をたどるなどという、おかしな現象が多発するのだ。

一方、マーケティングの調査を行う企業も多い。
これは事実の確認、実態把握などを行うためのものだが、集まった回答を見ると「まさにその通り」「間違いない」「日頃から感じている通り」などとすでに知っていることの確認、現状把握になるだけで、「次の一手をどうするか」「顧客の意識化に潜んでいるニーズ」についてはまるで見えてこない。

結果、時間と費用をかけたにもかかわらず、そのまま棚の奥へ、というもったいない事態が横行している。

つまり、このような調査方法からは、一番大事なはずの「顧客の潜在意識の把握」「顧客のニーズ」が見えてこないのである。

コンプライアンス、CSRについて、企業内に委員会を設置し、規約を作り、内部統制資料を作成するなど、形式を整えるだけの話にしかならないケースが多く見受けられる。

そして、「当社の工場の規格に合格しています」「業界の平均値です」「企業内のマニュアル・規則からはずれていません」などの台詞で逃げようとする。

これでは単に画一的にパターン化することで、自分たちが楽をしているに過ぎない。

企業・組織の中に委員会を設け、本来の企業理念、企業倫理、経営哲学を中核として、組織の全員が取り組んでいたなら、恐らくこれらの問題、トラブル、事件・事故は起きなかったはずである。

それが○○委員会という形式的な点の活動で終わってしまっているところが問題なのである。


「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」
部下の昇給や総合評価の決定は、上司の裁量に任される部分が大きい。

上司と部下が本当によい関係にあれば、面談の際も互いに心を開き、よくできた部分とできなかった部分を振り返り、今後どうしたらさらによい形で一緒に仕事ができるかについても話し合える場となる。

けれども悪い上司につけば、面談の際は悪いところばかり指摘される。

そもそも、他人に評価されること自体に不自然なところがある。
職場以外のどんな場で、相手の能力を評価したりするだろうか?

最悪なのは、評価スコアのせいで、上司と部下で本当に意味のある会話ができなくなってしまうことだ。
評価が気になるあまり、どうやったら一緒にもっとよい仕事ができるか、という実のある話ができなくなってしまうのだ。

社員一人ひとりの業績を伸ばすには、各自に合った方法を採るしかない。

評価の書式も会議の議題もチェックリストも公式も、すべてが標準化された万人向けのアプローチなど、「標準化された社員」には役立つかもしれないが、あいにくそんな社員には出会ったためしがない。


“目的”より“やり方”へのこだわり
日本人に仕事をお願いした時、彼らは、

“WHY――なぜ、何のためにやるのか?”よりも、
“HOW――どうやるのか?”

をえらく気にしていたよ。
どの様式にどう書いて誰にどうやってて提出したらいいのか、と何回も聞いてきた。

逆に、日本人が人に何かをお願いする時は、WHYがなくてHOWだけ説明がある場合が多い。
WHY?と聞くと、答えが返ってこないか、曖昧だったりするんだよね。

それはたぶん、その人自身も知らないか、考えたこともないからだろうね。

もしかしたら……上司からWHYの説明なしにこれを頼まれた。
その上司も、そのまた上司からWHYの説明なしに頼まれた……
つまり指示の流れの中で、誰もWHYを深く考えずに、HOWだけがくっついてきた可能性もあるね。

いずれにせよ、日本人は、HOW(やり方)と、前述した組織のルール、しかも細かいものを必要とする。
そして、それに従おうとする。

だから日本の組織では、細かい業務マニュアルが多くなり、それを作ったり改訂したりするのに莫大な労力、時間、コストがかかるんだね。

それで全体の業務効率が良くなればいいが、問題は、マニュアルが劣化していることだよ。
時代錯誤のやり方が残っていたり、業務の現実に即した新しいやり方が加わっていないことがある。

じゃあなぜ、劣化したマニュアルを変えようとしないの?
3つ理由があると思う。

1つは、日本人は組織のルールに厳密に従う。
例え劣化していてもマニュアルはルールだ。

2つ目は、劣化そのものに気づかいない人がいる。
長年同じ会社の中でのマニュアル作業に慣れてしまい、

『なぜ、これやらなきゃならないの?』
『本当にこれでいいの?』
『他にいいやり方があるのでは?』

という批判的思考をしないからだろう。

3つ目は事なかれ主義だ。
ルールに従ってさえいれば、誰からもお咎めを受けない。

自分の立場が悪くなるリスクを負って、ただでさえ重たい業務量をさらに増やしてまで、ルールを変えてやろうという元気と勇気が湧かないのだろう。

本来、作業効率を高めるための業務マニュアルが、逆に余計な意味のない仕事を増やし、長時間労働に拍車をかける……なんと皮肉な話だろう。


国の助成金を狙って詐欺師が暗躍する
実際には存在しない会社、存在しない従業員をでっち上げて不正受給したわけで、この手の犯罪はたびたび起きている。
いや、もっとはっきり言えば、こうした国による助成制度ができた場合、必ず起きているのだ。

行政による助成金制度ができると、詐欺師たちは色めきたつ。
それにははっきりとした理由がある。

実際、過去に起きた事件で「コーチ屋」(助成金受給の指導を行い、成功報酬を受け取る)をした人間は言う。

「お上のやる事って言うのは結局は形式的だからね」
「つまりさ、ペーパーさえちゃんとそろってればいいんだよ。形式さえ踏んでれば大丈夫」
「もちろん、どこをチェックするかっていうのがあるから、それを俺らが教えてやったわけ」

「現場をチェックに来るから、そういう場合には会社なり工場なりの用意が必要になる」
「でも、それも簡単でさ。潰れそうな工場や休業している会社を探せばいいだけ」
「そこの経営者に話をつければ、チェックのときだけ稼働しているように見せるのは簡単だ」
「従業員なんて、日当払えばいくらでも集められるじゃないか」

この呆れた言い分が実際に罷り通っているのが現実なのである。

助成金は融資ではない。
「返す必要がない」という発想がこうした詐欺につながっているのである。

助成金詐取の場合、被害者は国であるが、その国の予算は国民の税金であり、つまるところ我々全員が被害者になっていることを忘れてはいけない。


「形」を過剰に重んじる日本社会
古来より日本には「形を習得すれば、中身はついてくる」という哲学感があるのは事実であります。

しかしそれは「体裁だけ整えておけば中身はいらない」「むしろ、外形の方が大切」という風潮を産み、深い厄災を日本社会に産出し続けているのも事実ではないでしょうか?

「形を持ち得なかった者が戦場に立ったこと自体が悪」と考える風潮には正直困惑しています。

存分の力があったにも関わらず、「形」を持ち得なかったばかりに戦場にすら立てなかったのならば、さながら、戦場には鎧だけ豪華でまるで使い物にならない武者ばかりが跋扈している…ような側面がある気がしませんか?

今の日本てそんな甘い事言っていられる様な状態なのでしょうか?


“考えず、従う”姿勢が生む「国民総残業社会」
日本人の仕事に時間がかかる理由の1つには、“ハイ・コンテクスト文化”もあるね。
彼らは、言葉少なに曖昧かつ間接的な表現で、互いの考えや気持ちを察し合う傾向がある。

逆に言うと、自分の言いたいこと全てを直接的かつ論理的に相手に伝えるのが苦手ということだ。
会議を議論と決断の場にしても、ほとんどの人は発言しない形式的な会議になっちゃうだろうね。

理由は2つある。

1つは、どうやら確固たる自分の意見を持たない人が多いらしいこと。
たぶん好奇心や参加意識が薄いか、人から意見を聞かれることが少ないから、自分のアタマで考えなくなっているのかもしれない。

2つ目は、考えがあっても、それが議論の中で他のメンバーと衝突することを避けるせい。
彼らは、衝突して人間関係が悪くなる、組織の中で自分の立場が悪くなる、組織の雰囲気が悪くなるのが怖いんだよ。

彼らの多くは、自分(個人)の考えとか信念に従って行動しない。
少なくとも会社の中ではね。

その結果、互いに理解不足で中途半端なコンセンサスが形成される。

動き出した後に、関係者と話がうまくかみ合わなかったり、人間関係がギクシャクしたり、無関心な人任せの社員が増えたりしているらしい。
心のすり合わせが大切な国で、それができなくなってくる……

日本企業の競争力の源泉だったチームワークが、崩れかけているとも言えるかもね。


組織の閉塞感を打ち破る方法
ルールの厳格化と業務の定型化はいっそう拍車がかかっているように見える。

ルールが想定していないケースが起こればルールを作り、抵触するようなことが起こればいっそう運用を厳格にしようとする。
クレームが起こるたびに、ミスが発生するたびに、マニュアルはどんどん分厚くなっていく。

結果、萎縮や閉塞感を生じさせているのに、そして、薄々はそれが問題だと感じているのに止められない。

企業におけるルールの厳格化と業務の定型化は、まるで、やり始めたら止められない公共工事のように見える。
冷静な総括と真摯な反省を行い、その上で、例えば自由と寛容といったパラダイムから、新たな組織運営に舵を切ること以外に、組織の活性化も人の成長も期待できないだろう。


「職場いじめ ― あなたの上司はなぜキレる」
これまでのように消費者ニーズが画一化されていた時代には、画一的な商品を大量に生産していればよかった。
そして、そうした時代には、定型的でまとまりのよい集団が、その威力を発揮してきた。

しかし、ニーズが多様化して、それに応じた多種類の少量生産という小回りのきく生産体制には、集団主義的な行動様式はマイナスに働くことになる。

今日求められていることは、集団でどのように行動するかではなく、個人個人がそれぞれの能力や特性を発揮し、その総合力をどのように発揮していくのか、ということである。

こうした企業を取り巻く環境の急激な変化にともなう職場環境の変化が、これまでの制度や意識との間に大きな軋みを生み出しているのである。

つまり、日本企業の特質とされてきたものが、今後どのように変化すべきかということが問われているということである。
それは、見方を変えれば、新旧の価値観の衝突ととらえることもできる。

一般的な言い方をすれば、協調性というのは、定型化した仕事のやり方の中では発揮されやすい。
つまり、段取りが決まっていて、お互いに役割分担がはっきりしていれば、協力関係が作りやすく、協調性も発揮しやすいものとなる。

日本の企業社会は、一種のセレモニー化した規範を確立して協調性を大切にしてきた。
そして、こうした企業内の協調性を土台にした人間関係が集団主義を支えてきた。

しかし、この一見まさに集団主義的で協調的に見える行動も、その基準は実は自分の打算によっている。
一見企業へのロイヤリティを軸にした統一した行動に見えても、その原理となっているのは、その行動が己の打算にかなうかどうかである。

つまり、個人としては嫌であっても、出世や仕事にいい効果をもたらすということで参加してきた。
自分だけが仲間と違う行動を取るのはまずいという判断で、自分を殺して参加していることが多かった。

逆に言えば、拒否が自らの利益につながらない場合や、そうした利益を無視しても参加したくない譲れない哲学がある場合には、拒否することもあるだろうということである。

日本人の多くは、実は自分自身は集団主義的な人間だなどとは思っていないという不思議な現実がある。
むしろ、個人個人に聞けば、「日本的集団主義には辟易していて、何とかそういう呪縛から自由になりたかった」などと語ることが多い。

それどころか、「日本人全体が集団主義である」ことは認めても、「自分は、そうした生き方に仕方なく従っているが、本当は違う」と感じている人のほうが多いのが現実であろう。

今、職場に起きていることは、集団主義の揺らぎに対しては「以前から望んでいなかったことだから」と肯定しつつも、今度は「そうは言っても個人主義的に飛び出した行動をすることが本当に利益なのかどうか」を見定めている状態なのだと言ってもいい。

まさに、職場は今、集団主義から個人主義、そして年功序列から成果主義を典型とする変化を前に、自らがどのように協調性を発揮すればいいのか分からず、立ちすくんでる状態なのだ。

古い価値観の集団主義や協調性というしがらみを捨てようとしながらも、なお、その一方でしがみつくという混乱と矛盾の中にいるのだと言ってもいい。


「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」
労働者を安く長く働かせる「ブラック企業」では、労働者が自発的に辞めることは許されない。

企業が辞めさせたいと思ったときにはあっさり解雇されるものだが、特に企業の考えていたタイミングの離職でもなく、労働者が「壊れて」いないうちには、ブラック企業は労働者を辞めさせようとしない。

「後続が決まるまで勤めなさい」
「あなたを雇うためにかかった手間の分は働いてもらう」

など、色々な理由をつけて労働者が会社を離れられないようにする。

退職手続きだけ済ませて働かせていた会社もある。
書面ではもう雇っていない形式を整えて、実質的にただ働きさせるのである。

会社の「辞めるな」という言葉に付き合って、結局身体を壊すまで働いてしまう人もいる。

ブラック企業が辞めるなと言ったとしても、法律では労働者は辞めることができる権利を保障されている。
辞められなければ奴隷と同じだからだ。

ブラック企業の行う退職勧奨では、いじめ、嫌がらせ、パワーハラスメントによって、自ら辞めるように仕向けていく。

本来、退職勧奨はしつこく行ったり、やり方が暴力的であったりする場合、同意を求める「勧奨」とはみなされずに、退職強要であるとされる。
退職の強要に至った場合には、たとえ「同意」の形式をとったとしても、それは無効であるし、損害賠償の請求も可能だ。

ブラック企業はここまで熟知して、ただ退職を求めるのではなく、自己都合退職を自ら行うように追い込むのである。

これによって、退職を要求したという形式すら失われ、訴訟のリスクを極限まで引き下げることができる。
このため、統計上は、早期離職した者のほとんどが自己都合退職扱いとなっている。

その上、自己都合退職に至ってしまった者は、雇用保険上「自分から辞めた者」として社会的制裁を与えられることになる。


「機械との競争」
コンピュータは、パターン認識や複雑なコミュニケーションなど、これまで人間が独占してきた領域を侵食しつつある。
コンピュータは急速にいま挙げた能力を獲得しつつある。

こうしたデジタル技術の進歩がビジネスの世界に与える影響は、誰もが目にしているはずだ。

たとえばカスタマーサービス係に代わってバーチャルアシスタントが導入され、売店やスーパーマーケットではセルフレジが普及してレジ係の需要が減りつつある。

いまやiPodから水着、金貨、サングラス、カミソリまで自動販売機で買える時代だ。
また商品情報は、店員に聞かなくても店に備えられたタッチスクリーンで入手できる。
自販機のコストは、実店舗と比べたら微々たるものだ。

こうした動きは、消費者の購買習慣を反映したものとも言える。
インターネット通販の浸透に伴い、セールスマンや店員がいないところでモノを買うことにすっかり違和感がなくなっている。

パターン認識も複雑なコミュニケーションもいまや自動化が可能だとなれば、人間の能力でコンピュータに脅かされないものは、何があるのだろうか。
人間がしかるべき比較優位を維持できるものは何だろうか。

いまのところ人間がまさっているのは、じつは肉体労働の分野である。
人型ロボットはまだひどく原始的で、こまかい運動機能はお粗末だし、階段を転げ落ちたりする。

それに、肉体労働の多くが実際には高度な知的能力をも必要とする。
純粋な知的労働の分野、すなわち肉体労働を一切伴わない分野にも、コンピュータにまだ侵されていない重要な領域がある。

コンピュータはパターン認識にすぐれていることは示したものの、問題解決に関してはかなりお粗末と言わざるを得ない。
なにしろ、誰かがプログラミングをしてデータを入力してやらないとだめなのである。

また、コンピュータのパワーとスピードをもってしても、創造性ということになるとほとんど能がない。
いくつか例外も見受けられるが、それでさえ創造性の欠如を裏づけるようなものである。

定型的で無味乾燥な文章を自動作成することと、独創的な文章をゼロから書き上げることとの間には天と地ほどの違いがある。

コンピュータは定型的な処理、反復的な計算、一貫性の維持といった面では圧倒的に強い。
さらに、複雑なコミュニケーションやパターンマッチングといった面でも急速にレベルアップしている。

だが、コンピュータには直感も創造性も備わっていない。
あらかじめ決められた領域から少しでもはみ出す仕事を命じられたら、もうできないのである。

幸いなことに、人間はまさにコンピュータが弱いところに強い。
したがって、お互いにすばらしいパートナーになる可能性は十分にある。

このパートナーシップがうまくゆけば、コンピュータにいいところをすべて攫われるという心配はあまりなくなるだろう。

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うーむ・・・
どっ・・・、どーでしょう???

「そっ・・・、そーだったのかー! ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン!! 」
「だからかー!!だからだったのかー!! ヾ(.;.;゜Д゜)ノ 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「ナルホド・・・、ちょっぴりわかった気がするかも・・・ ヽ(´ー`)ノ 」
「あ、なーんだー、そーだったんだ〜 (〃▽〃) 」

という方も、いらっしゃれば・・・

「わかったよーなわからんよーな・・・ ( ̄д ̄;) 」
「やっぱ、頭がウニ状態じゃー!よくわからーん! \(  ̄曲 ̄)/ 」

という方も、いらっしゃるんじゃーないでしょうか?

ううーむ・・・

それぞれの言葉の意味がわからなければ
気づけないこと、気がつかないこともあるけど・・・

それぞれの言葉の意味だけを見ていても
それぞれの言葉の違いだけを見ていても

気づけないこと、気がつかないこともある


んじゃーないかな〜???

なーんて、感じません? (^^)

他にも、例えば・・・

「方法論や手法などに振り回される前に考えておきたい事って何だろう?」シリーズ
対症療法とは?会社の現状そのものに対処しようとすると何が起こるんだろう?
「方針は意味が理解できてテンプレート等を集めたら立てられるんだろうか?」シリーズ
「顧客って誰のこと?どんな人や企業がお客様か考えると気づくことって?」シリーズ
見込み客を獲得するアプローチと失う売り込みの違いって何だろう?
「効果的な宣伝方法や販売促進のやり方とは?三方よしとの関係って何だろう?」シリーズ
新規事業、新製品やサービスの考え方とは?何のため、誰のために考えるんだろう?
売上が上がらない、利益が出ない、赤字になる本当の原因って何だろう?
高付加価値を生み出していると感じる組織と感じられない組織の違いって何だろう?
「日本の良さとは?外国人や海外経験のある日本人が感じる事って何だろう?」シリーズ
「人材育成とは?何のため?誰のため?どんな時に必要なんだろうか?」シリーズ
人材育成をマーケティング・コンセプトから考えると見えることって何だろう?
「人材採用とは?従業員を雇用するのは何のため?誰のためなんだろう?」シリーズ
「事業継続計画とは?BCPのつくり方って?中小企業の生き残りとの関係って?」シリーズ
「事業承継とは?中小企業の経営で本当に引き継ぐ必要がある事って何だろう?」シリーズ
「経営理念や経営方針、部門方針などと実態とが乖離する理由って何だろう?」シリーズ
「経営計画を立てたり、経営方針を決めたりするのに必要なことって何だろう?」シリーズ

などなども含めると・・・

テンプレートやフォーマットや定型文などを探したり集めたり作成したりすることって、目的なんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などを探したり集めたり作成したりすることって、手段なんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、理念・ビジョン・ミッションなどとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、戦略とは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、方針とは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、経営計画とは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、ビジネスモデルとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、経営環境の変化とは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、生産性タイムマネジメントなどとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、付加価値とは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、アイデアとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、イノベーションとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、多様性や画一性などとは、何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、普通や当たり前、一般的などとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、疑問とは、何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、人事制度や人事システムなどとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、終身雇用や年功序列などとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、成果主義や能力主義、実力主義などとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、おもてなし、ホスピタリティ、サービスなどとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、宣伝や販売促進の方法とは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、独自性や優位性、差別化競争力(国際競争力)などとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、取引先や従業員からの信用や信頼などとは、何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、下請けいじめとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、企業価値やCSRなどとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、常識や慣習、習慣などとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、全体最適や部分最適などとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、人件費や人件費の削減などとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、リストラとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、利益とは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、助成金や補助金などとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、組織組織文化・組織風土などとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、強い組織や弱い組織組織力現場力などとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、人材採用とは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、属人化とは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、人事異動や配置転換適材適所などとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、職務型や職能型などとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、人材育成とは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、教育(共育)とは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、自律や自立、自分で考えて行動する力などとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、協調性主体性などとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、人材、人財、人在、人罪、人済などとは、何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、帰属意識、仲間意識、忠誠心、愛社精神などとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、組織としての一体感や連帯感、団結力などとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、出る杭を打つ組織なのか出る杭を打たない組織なのかとは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、井の中の蛙、ゆで蛙現象、組織のタコツボ化などとは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、当事者意識問題意識危機感などとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、問題発見力問題解決力などとは、何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、マネジメント力リーダーシップ力などとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、経営者意識や経営感覚などとは、何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、意識を変えることや意識が変わること、気づきなどとは、何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、経営者の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、管理職の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、一般従業員の役割や仕事とは何がどう関係するんだろーか?

テンプレートやフォーマットや定型文などって、人事部(総務部)や営業部、製造部などの各部門の役割や仕事にはどんな関係があるんだろーか?
テンプレートやフォーマットや定型文などって、下請け企業や親会社(親事業者)などの取引先にはどんな関係があるんだろーか?

経営者の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
管理職の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
人事部(総務部)の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?
一般従業員の立場だからこそできること、できないことって何だろーか?

なんかについても、いろんな意味で考えさせられちゃいません? (^^)

ふーむ・・・、こーやって考えてみると・・・

まだ見えていないだけで・・・

意外なところにヒントがいっぱい溢れている
おお〜っ ━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━ 見っけ〜♪


のかも〜???

なーんて、感じません? (〃▽〃)

どっ・・・、どうでしょう???
皆さまは、どう思われますか?


と言う訳で、「意味が曖昧な言葉から、自律的に考えて行動してみる」カテゴリとしては、


サンプルとは?見本や手本とは?どんな時に役立つ?役立たないんだろう?


へ、続きまーす。(^^)/

ちょっと興味あるかも〜?
って言ってくださる方は、お付き合いいただけると嬉しいです。(^^)





★★★ ネクストストラテジーは、三方よしの場づくり黒子サポーターです ★★★
「ヒト(組織)」「情報(IT)」を中心に、「三方よし経営」のお手伝いを行っております。(^^)/
「自律型人材育成」「自律型の組織変革」などのご相談
首を長ぁーくして、お待ちして申し上げております。 m(_ _)m



【追伸1】
「・・・で、答えは何なの???」と思った方へ


よろしければ、以下の記事も見てやっていただけると嬉しいです。(^^)

「自分で考えて行動する「自律型人材」が育つ組織って?」ブログについて
「答えが見つからない、探しても解決策が見つからない原因って何だろう?」シリーズ
「自分で考える」と「独りで考える」って同じ?自律性などとの関係って?
「自立」とは?「自律」とは?その違いって?自律型人材とは?
「社長、上司、部下、会社組織にとって本当に必要な支援って何だろう?」シリーズ


【追伸2】
「三方よしって、何???」
という方は、よろしければ以下のページも見てやってもらえると嬉しいです。(^^)


三方よしって、何だろう?


posted by ネクストストラテジー at 06:15| Comment(0) | 意味が曖昧な言葉から考えて行動してみる | 更新情報をチェックする
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